溺愛音感
首を傾げながら音楽室を出ると、ぐったりしたマキくんを抱えた雪柳さんがいた。
その後ろには、鞄を抱えた秘書の中村さんもいる。
「ま、マキくんっ! どうしたのっ!?」
「熱があるんだ。たぶん疲れのせいだろう。ここのところ、ロクに休んでいなかったからな。ベッドに寝かせたいんだが?」
「う、うんっ!」
寝室へ駆け戻り、ベッドを占領するシャチを放り投げる。
ブランケットを退けたところへ雪柳さんがマキくんを横たえ、背後にいた中村さんを振り返った。
「中村、立見から返事は?」
「すぐに来てくれるそうです。着替えを手伝います」
「いや、俺がやるからいい。ハナ、柾の寝間着はあるか?」
「う、うんっ!」
ウォークインクローゼットから、マキくんがいつも部屋で着ている組み合わせ、黒のスウェットのズボンにグレーのTシャツを取り出す。
「これっ」
「ありがとう。ハナ、もうすぐ医者が来るから、出迎えてくれるか? 中村は、これで階下のコンビニでドリンク剤やら食材、冷却剤、必要なものを買って来てくれ」
「……はい」
雪柳さんから差し出されたカードを受け取った中村さんは、わたしに冷ややかな一瞥を投げ、部屋を出て行った。
ベッドに横たわるマキくんは、ピクリとも動かない。
色白の顔が赤く、呼吸も苦しそうだ。
最初はただの風邪だと思っていたのが、病院へ行った途端入院となり、ベッドの上で日々弱っていった父を思い出し、不安に襲われた。
(ど、どうしよ……マキくんが大変な病気だったりしたら……)
「マキくん……」
「大丈夫だ、ハナ。そんな泣きそうな顔をするな。ちょっと手伝え」
雪柳さんは、ポンと軽くわたしの頭を叩くと、マキくんの身体を起こす。
二人がかりで脱がせ、シャツのボタンを外しTシャツを着せるところまでは、何の問題もなかった。
しかし……。
「ハナ、何をしてる? 早くしろ」
「う、うん……」
スラックスのベルトを外したところまではよかった。
でも、そこから先……ファスナーを引き下げる、というのはハードルが高い。
いままで、ベッドの上にしろ、それ以外の場所にしろ、男性のズボンを脱がせたことなどないのだ。
一緒にお風呂も入っているし、マキくんの裸は何度も見ているけれど……。
(それとこれとは別物よぅ……)