溺愛音感
「もしかして……恥ずかしいのか?」
図星を指され、カッと頬が熱くなるのが自分でもわかった。
そんなわたしの様子を見た雪柳さんは、目を見開く。
「まさか……柾とは何もない、なんてことはないよな?」
「な、ない、けど……でも……そ、そういうこと、し、したのは一回だけで……」
「一回?」
思わず正直に告白してしまい、ますます恥ずかしさが募る。
「……信じられないな。柾は何を企んでいるんだ? いったい……」
雪柳さんは、眠るマキくんを訝し気な顔で見下ろし、呟く。
(うん。企んでるのバレてる。さすが腐れ縁……マキくんのことよくわかってる……)
「まあ、それはあとで問い詰めるとして、いまは都合の悪いことも起きないはずだから、とにかくさっさと脱がせろ」
「ふぁい……」
なるべく不必要なところに触らないよう注意しながら、ファスナーを下ろし、雪柳さんがマキくんを抱えあげたタイミングで一気に引き下ろす。
「下は、穿かせなくてもいいだろう」
脱がせるより、穿かせるほうが骨が折れると言う雪柳さんに同感だ。
頷きながら、マキくんの靴下を脱がせた。
「あとは、医者を待つだけだ」
雪柳さんは、そっとマキくんにブランケットをかけて小さく溜息を吐く。
「病院に担ぎ込むのが一番手っ取り早いんだが、不用意な真似をすると多方面に影響が出る可能性がある。あいにく、株主総会も終わったばかりだったし、慎重を期してのことだ。びっくりさせて悪かったな? ハナ」
「う、ううん……」
会社のトップに何かあれば、株価などに影響するのはわかる。
特に、マキくんの場合はまだ若く、独身で後継者もいないことから、外部だけでなく内部への影響も大きいだろう。
基本的に親族経営の『KOKONOE』だが、大企業では色んな思惑の人間が働いている。
無用の混乱を避けたいと思うのはもっともなことだ。
「ちなみに、椿や会長にも内緒だぞ? どちらも大騒ぎするだろうから。元々、柾は株主総会のあとで休暇を取る予定にしていたんだ。だから、それを前倒しにすることで、どうにかごまかせるだろう」
「わたし……マキくんが具合悪いのに、ぜんぜん気がつかなかった……」
マキくんが倒れるほど無理をしていたことに気づかず、呑気に熟睡していた自分に腹が立つあまり、泣きそうだ。
雪柳さんはぐっと唇を引き結ぶわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ここのところ、顔も合わせていなかったんだろう? ハナのせいじゃない。柾はプライドが高いから、滅多なことでは他人に弱みを見せないし、頼らないのがデフォルトなんだ。気にするな」
「でも……」
「それにしても……こんなデカイヤツを担いだのは、高校の部活の時以来だ。腰を痛めたら、慰謝料請求してやる。ミネラルウォーター、貰うぞ」
雪柳さんは、マキくんの家に来たことがあるのだろう。
勝手にキッチンへ行き、冷蔵庫からペットボトルを取って戻って来た。
「ところで、医者……立見のことは知ってるか?」
「うん。前に、わたしが具合悪くなった時、診てもらったから」
「じゃあ、大丈夫だな。アイツが来たら、俺たちは退散するから」
「えっ」
あからさまに心細いという顔をしたわたしに、雪柳さんは苦い表情をした。
「一緒にいてやりたいところなんだが……」