溺愛音感
彼が何かを言いかけた途中でインターフォンが鳴り、話はそこでおしまいとなった。
立見さんは、玄関で出迎えたわたしを見るなりニカッと笑う。
「よぉ、ハナ。元気だったか?」
「はい」
「邪魔するぞ」
「ど、どうぞ」
「悪いな、立見。こんな時間に呼びつけて」
寝室に案内すると、雪柳さんが真っ先に詫びた。
「おまえのせいじゃないだろ、蓮。俺様のせいだ」
そう返した立見さんは、手にしていた大きな黒い鞄を床に置き、テキパキと診察道具を取り出す。
脈を計り、胸の音を確かめ、ひと通り触診した後で、今度は折り畳み式の点滴スタンドを取り出した。
手早く組み立て、輸液の入ったソフトバッグを取り付けて、消毒したマキくんの左腕に注射針を刺し、固定する。
点滴の落ちる速度を確かめ、マキくんの様子をしばらく窺ってから、ふぅと息を吐いた。
「ま、どう考えても過労だろ。休みなしだったんだろう?」
「ああ。株主総会もあったし」
「点滴で劇的に回復するというわけじゃないが、多少は楽になるはずだ。しばらくゆっくり休めば治る」
「ありがとうございます」
「助かったよ」
「色々聞きたいこともあるし、茶の一杯くらいごちそうしてくれるか? ハナ」
「はい、もちろんです!」
道具を片付けた立見さんは、見守っていたわたしと雪柳さんに寝室を出るよう促した。
リビングには、テーブルの上に買って来た品々を置き、所在なさげに立ち尽くす中村さんがいて、立見さんを見ると軽く頭を下げる。
「ご無沙汰しています、立見先輩」
「久しぶりだな、中村。相変わらず、柾の秘書をしてるのか?」
「はい。この度は、わたしが社長のスケジュール管理をきちんとしていなかったせいでご迷惑を……」
「おまえの言うことを聞くような俺様じゃないだろ。体調管理には誰よりも気を配っているヤツが、どうしてこんな状態になるまで無理した?」
「長期休暇を取るためです。株主総会の準備もあって、ただでさえお忙しいのに、休暇を取るために通常の仕事も上積みされていたんです」
そう言う中村さんの視線は、まっすぐわたしに向けられていた。
「これまでは、忙しい時期は少しでも長く睡眠時間を確保できるよう、社にお泊りになっていたんですが、彼女をひとりにするのが心配だからと言って、深夜でも無理に帰宅されていたんです。その上、早朝から朝食や昼食の準備までしたりして……」
真っ黒な瞳に宿る敵意が、胸に突き刺さる。
「社長は、数日前から体調が優れず、食欲もなかった。休むことはできなかったとしても、せめて診察を受け、薬を飲んでいれば、こんな風に倒れることはなかったかもしれないのに……。一緒に暮らしているくせに、どうして気づかなかったんですか?」
「…………」