溺愛音感
何と言っていいのかわからず、声を失うわたしに、立見さんは溜息を吐いて先を続けた。
「昔、蓮が出先で軽い心臓発作を起こしたことがあるんだが、その時、柾が居合わせたおかげでアイツは助かった。柾の祖父さんは、祖母さんが心臓発作で亡くなっていることもあって、家族全員に毎年必ず救命講習を受けさせていたんだ。久木の場合は、どうあっても助けられなかった可能性が高いが、柾にしてみたら……自分がその場にいたら、彼女が倒れる前に異変に気づけていたらと、思わずにはいられなかっただろうな」
その時のマキくんの気持ちを思うと、胸が痛く、やるせない気持ちになる。
わたしは、父の病に気づけなかったことを後悔した。
もっと早く気づいていたら、もっと自分に何かできることがあったんじゃないかと思って、苦しかった。
でも、最期に父がわたしに言ってくれた言葉が、罪悪感から救ってくれた。
『僕の人生、後悔はないよ。好きなだけヴァイオリンが弾けたし、音羽さんがハナを産んでくれたし、ハナの演奏するヴァイオリンも聴けたし、とても幸せだった』
彼女だって、最期になるとわかっていたら、マキくんに言いたいことがあっただろう。
きっとそれは、恨みつらみなんかじゃなくて、感謝の気持ちだったはずだ。
マキくんだって、彼女に伝えたいことがあっただろう。
「マキくんは……ずっと、彼女のことが好きだったのかな……」
「どうだろうな。ただ……大事に思っていたことだけは、確かだろう。柾は、一度懐に入れた相手は、たとえ関係性が変わってもずっと大事にするヤツだから」
「マキくんって……俺様のくせに、優しい……」
「ああ。俺様じゃない柾は想像できないけどな。きっと、気持ち悪いと思うだろうな」
「……うん」
それきり、二人そろって黙り込んでしまったが、立見さんは何かを吹っ切るようにポンポン、とわたしの頭を軽く叩いた。
「これは、あくまでも俺の考えだが……柾が久木に抱いていた感情は、恋愛感情とはちょっとちがう気がする。もっと別の……どちらかというと、罪悪感に近い気がする」
「それは、約束の時間に遅れたから……」
「いや、そうじゃなくてだな……。付き合っている時から、微妙にちがう気がした。邪険に扱っていたわけじゃないし、どちらかといえば大事にしていたと思う。でも、何だろうな……まっすぐに向き合っていないような気がした」
「…………」
よくわからない、という顔をしたわたしに、立見さんはぐしゃりと自分の髪を握り、首を振った。
「ダメだ。上手く説明できん。俺は、蓮みたいに口が達者じゃないんだよ」