溺愛音感
「あの、話してくれてありがとうございました。あとは……マキくんの気持ちは、マキくんに訊きます」
「ああ、そうしてくれ。柾が、久木とのことを話せるとしたら、ハナ以外にはいないと思うから」
「そう、かな?」
思った以上に、重く辛いマキくんの過去に、すんなり話してくれる気がしなかった。
しかし、なぜか立見さんは自信たっぷり、大きく頷く。
「ついさっき、ハナが俺の子どもみたいに、びーびー泣くのを見て思い出したことがあるんだ」
(び、びーびーって……こ、子どもって……)
以前見かけた立見さんの息子はせいぜい三、四歳。
幼児と一緒にされたくない。
すっかり動揺して人目も憚らずに泣いてしまったのは事実だが、びーびーはないだろうとむっとした。
すると立見さんは「ふくれっ面も似てるな」と言い、むにゅっとわたしの頬を摘まむ。
「やっ!」
「それだけかわいいってことだ」
「嬉しくない……」
手を振り払い、睨むわたしに立見さんは「そうか」と笑うだけで取り合ってもくれず、話を続ける。
「思い出したのは、柾が拾った捨て犬のことなんだが……」
「捨て犬……」
まるでいまのわたしのようだ。
そう思ったのを見透かされたのか、立見さんはわたしの顔を覗き込むようにして目を合わせ、優しい声で告げた。
「柾は、ショック状態で何もできずにいる久木の両親を見るに見かねて葬儀を手伝ったが、彼女が亡くなってから埋葬されるまで、一度も泣けなかったらしい。でも、彼女が眠る墓地で拾った捨て犬が、自分の代わりにわんわん泣いてくれて癒された。できることなら連れて帰りたかったが、仕事が忙しくて、ほとんどかまってやれずに寂しい思いをさせるから、自分のものにするのは諦めたと言っていた」
目を見開くわたしの目の前には、立見さんの満面の笑みがある。
「柾は……その犬のこと、『ハナ』って呼んでいた」