溺愛音感
驚き、顔を上げた途端、唇を何かが掠める。
(な、な……なに……い、いま……)
茫然とする耳に、鈍い振動音が聞こえた。
社長(毒舌)は、たったいまキスをした人とは思えぬ冷静さで、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出し、応答する。
「はい」
『柾、何をしとる?』
電話の向こうから聞こえて来たのは、松太郎さんの苦々しい声。
「どこにいる」ではなく「何をしている」と訊ねたのは、わたしたちが初対面ではないことに感づいたか、孫のことをよく知っているからか。
あるいは、その両方かもしれない。
わたしを抱きかかえたまま、社長(毒舌)はヌケヌケとシラを切る。
「親睦を深めていたところです」
『人目のある場所で襲うのをやめんかっ! バカもん』
(え、え、どこから見て……?)
「襲ってません。かわいがっているだけです」
(は? え? 襲ったよねっ!? さっき、キスしたよねっ!?)
声にならない抗議をするわたしの代わりに、松太郎さんが突っ込んだ。
『それを襲っていると言うんだっ!』
「見解の相違です」
『柾……』
「はい。なんでしょう? お祖父さま」
『順番をまちがえんように』
「ご心配なく」
『意味がわかっておらんだろうっ! まったく……。とにかく、さっさとレストランへ来なさい!』