溺愛音感
このまま、なし崩しに、キスでごまかすこともできる。
けれど、感謝と謝罪は言葉で伝えたいし、伝えるなら早いに越したことはない。
「ごめんなさい、マキくん。具合が悪かったのに気づけなくて。それから……忙しかったのに、朝ごはんとか、お弁当とか作ってくれてありがとう」
「体調管理がなっていなかったのは、俺の問題だ。ハナのせいじゃない。だから、謝る必要はまったくない。それに、ハナの餌を用意するのは、したくてやっていることだ。礼はいらない。毎日作るはずが、それもできなかったしな」
「そんなっ! 毎日なんて、いいよ! わたし、マキくんに何もしてあげられていないのに。何の役にも立たないし……」
「何かしてほしいわけじゃない。ハナがいるだけで、癒される」
立見さんから聞いた話を思い出し、鼻の奥がツンとした。
記憶はないけれど、あの時のわたしも、こんな風にしてマキくんの癒しになって、少しでも役に立てていたのなら嬉しい。
そして、この先マキくんが、辛く悲しい過去を思い出す時には、傍に寄り添い、少しでも彼の慰めになれたらと思う。
そのためにも、彼と彼女のことを、そしてあの十日間のことを、マキくんの口から聞いておきたかった。
ただし、それはマキくんの体調が回復してからでいい。
それまでは、何の憂いもなく、穏やかに過ごしてもらいたい。
知りたいのは、あくまでもわたしの都合でしかないのだから。
「マキくん。雪柳さんから、休暇を取る予定だったって聞いたけど……」
「ああ。一週間程度は休めるよう手配した。プランはいくつか考えてあるが、ハナの希望が第一だ。三泊くらいできる予定なんだが。どこか行きたい場所はあるか?」
「どこでもいいよ。マキくんが一緒なら」
思ったままを口にすれば、ぎゅっと力いっぱい抱き締められた。
「ハナっ!」