溺愛音感
いつもは優しく、安らぎを与えてくれる手は、触れる場所が変わっただけで、欲望を煽るものになる。
素肌を撫でられ、ディープなキスをされても理性を保っていられるほど経験豊富じゃない。
素直な反応を返す身体をコントロールできず、コントロールするつもりもなく、流されるがまま、与えられるものを受け入れた。
「ハナ」
熱を帯びた声で呼ばれると、それだけで身体の芯から蕩けてしまうような錯覚に陥る。
浅い呼吸に時折混じるリップ音は次第に激しさを増し、もう重なる肌を隔てるものは何もない。
どこかで、こうなることを望んでいた。
思い出したかったのは、空白の十日間ともう一日。
あの夜。
どんな風にして、わたしたちは初めての夜を過ごしたのか、思い出したかったのだといま頃気がついた。
なかったことには、したくない。
マキくんは、文字通り一糸纏わぬ姿のわたしを見下ろし、ふっと自嘲するような笑みを浮かべた。
「ハナは、どれくらまで耐えられる? こんなに長く禁欲生活を送ったのは初めてだから、どれくらいヤれば満足できるか、自分でもわからない」
「え……」
「できる限り加減はする。が、抱き潰さないという保証はできない。頭では、いま、ハナを抱くべきじゃないとわかっている。それでも……余裕のあるフリすらできないくらい、ハナが欲しいんだ」
「…………」
「いまなら……ハナがイヤだと言えば、やめられるが」
簡単なことではない、と言う声は苦い。
「もし……イヤだって……言わなかったら?」
一瞬目を瞠ったマキくんは、ふわりと、とても嬉しそうに笑った。
「ハナの過去も現在も、未来も……全部俺のものにする」
ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
「もう、なかったことにはさせない」