溺愛音感
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人生初のお見合いに挑んで、約二時間。
指が太い人のことをまったく考慮していなさそうな繊細すぎるカップから、おそらく一杯千円以上はするだろうコーヒーを啜りつつ、内心安堵の溜息を吐いた。
これで、緊張を強いられる食事の時間は終了だ。
意味不明のキス事件はあったものの、食事中はマナーを守るのに必死すぎて何も考えられなかった。
たくさんのナイフやフォーク、割ったら自前では弁償できなさそうなグラス、真っ白すぎてパンくずをこぼすのもためらわれるテーブルクロス等々。
数々の難関を突破してようやく食後のコーヒーに辿り着いた。
あとは、このお見合いを破談にするだけなのだが……。
何やら重大な問題が発生している……ようだ。
「本当に、こんなにいいご縁なんて滅多にありませんわ。松太郎さん」
「同感だ、音羽先生」
母と松太郎さん、社長(毒舌)。
三人が大人の社交術をいかんなく発揮して会話を繰り広げていたので、わたしが口を挟む必要はなく、すっかり安心していたら……
いつの間にか、このお見合いは成功したことになっている……ようだ。
「柾は、見てくれはいいが中身はとても『イケメン』とは言えん。口が悪くて、傍若無人。女性に冷たい。だが……本当は、情が深くて面倒見がいいんだよ、ハナちゃん。ようやく、コレが家族以外に暑苦しいくらいの愛情を注げる相手が見つかって、ほっとした」
しみじみ呟く松太郎さんは、感極まったというように、目頭を押さえているが、涙ぐんでいない。嘘泣きだ。
母との遣り取りを聞いている限り、母と同類。演技力抜群で、根っからの「王様」タイプ。目的を達成するめには、手段を選ばないと思われる。
「急かしたくはないが、死ぬ前にぜひともひ孫の顔を見たい。あまり待たせんでくれると嬉しい」
(ひ、ひ孫……?)
「あら、ハナは明日結婚しても大丈夫よね?」
(えっ)
母の顔には笑顔が貼りついているが、その目は笑っていない。
(じ、冗談じゃないっ! 結婚も何も、このお見合いは破談に……)
「お、音羽さん、あの、わたし、このお話はお断……」
きっぱりはっきり断ろうと思ったが、社長(毒舌)に先を越された。
「本音を言えば……すぐにでも結婚したいところなのですが、ハナさんの気持ちが一番大事ですからね。ゆっくり関係を深めていけたらと思っています」