溺愛音感


確かに、九十九曲の中にはないし、偶々聴きたいだけなのかもしれないと思ったが、ピアノの前に座ったマキくんは、さらにリクエストを続けた。


「クライスラー、美しきロスマリン。エルガー、愛の挨拶」

「…………」


松太郎さんの家で見たDVDで、彼女と演奏していた三曲を選んだのは、偶然のはずがなかった。

前奏を弾き始めたマキくんと目が合い、質問するのは一旦保留にする。

久しぶりの合奏は、以前と変わらず、微妙なテンポの揺れ、フレージング、ココというところにぴったりと合わせてくれる。


(やっぱり……マキくんと演奏するの、楽しい)


心地よく、安心して思うがままに演奏できるのは、彼がわたしのことをちゃんと見て、聴いていてくれるからだ。


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