溺愛音感


「瑠夏のことは、好きだった。だが、愛してはいなかった。その罪悪感を拭うために、友人関係を続けていたんだ」

「でもマキくん、彼女といるのは……彼女と演奏するのは、楽しかったでしょ? マキくんのそういう気持ちは、ちゃんと彼女に伝わっていたと思う。そうじゃなきゃ……別れても友だちでいようなんて、思わないよ。きっと」


義務や責任から、愛する必要なんてない。

罪悪感を抱かずにいられないのは、彼女の気持ちを真摯に受け止めていたから。

彼女が、別れたあともマキくんのことを思い続けていたかどうかは知る由もないけれど、マキくんの優しさを十分知っていたにちがいない。

彼なりに彼女のことを大事に思っていることも、わかっていたにちがいないのだ。


「ただの、俺の自己満足だ」

「そんなことない。恋愛感情じゃなかったかもしれないけれど、マキくんは瑠夏さんのこと、ちゃんと好きで、大事に思っていた」

「瑠夏が死んだ日から今日まで、涙の一滴も出ないのに?」

「マキくんは、泣けないくらいに辛くて、哀しかったんだよ。あの日から、ずっと」


涙を流せないからといって、哀しんでいないなんてことはない。
むしろ、あんまりにもショックが大きいと感情は麻痺するものだ。

恋人として愛していなくとも、大事に思う気持ちに変わりはない。

かけがえのない存在だったから、失ったことが悲しくて、辛くて、いまも苦しんでいる。



わたしを見上げるアンバーの瞳は、暗く乾いたままだった。



一滴の涙でいい。



乾き切った心を潤すきっかけがほしかった。



もしかしたら、そのために、彼は九十九曲とは別にあの曲をリクエストしたのかもしれないと思った。


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