溺愛音感
『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番 ニ短調 五.シャコンヌ』
五つの楽章からなる第二番の中で、終章のシャコンヌだけが約十分にも及ぶ大曲だ。
哀悼のために作られた曲だという説を信じるかどうかは別として、それだけでも作曲家がこの曲に込めた思いの強さが伝わってくる。
透明感のある音色、豊かな響き。
大袈裟すぎないアーティキュレーション、緻密なフレージング。
正確でありながらも無機質になってはいけない。
高度な演奏技術と、それだけでは語りつくせないものが、この曲には詰まっていた。
『哀しみを美しく奏でられるようになったら、挑戦してみなさい』
父にはそう言われたが、自分の中のぐちゃぐちゃした感情と絡み合った哀しみを浄化しきれないわたしには、無理だった。
でも、純粋にどこまでも美しく奏でられたなら。
哀しみを美しく表現できるなら、美しさで哀しみを表現することだってできるかもしれない。
そう思った。
マキくんの心のすべてを理解し、分かち合うことはできないから。
せめて、彼の心の慰めになるように。
余計なものはすべて取り払って、純粋に美しい音楽を奏でたい。