溺愛音感
「……何か言った? マキくん」
「ハナは、もう少し太ったほうがいい」
「マキくんの美味しいご飯が食べられるようになったら、すぐに太るよ」
「株主総会も終わったし、あとは椿と蓮が確実にヨリを戻すことを確かめたら、自由な時間は増える」
「え。まだ、二人はヨリを戻してないの?」
「椿が、何か企んでいる。素直に蓮の求愛を受け入れておけばいいものを。理屈っぽいんだ、アイツは」
「ふうん……マキくんと同じだね」
「は? 俺をあんなチワワと一緒にするな!」
「一緒にはしてないよ。マキくんは、チワワにしては大きすぎるし」
喩えるなら、何だろう。
ボルゾイ、ゴールデンレトリバー、ジャーマンシェパード、ダックスフント等々、知っている限りの犬種を思い浮かべ、どれもしっくりこないと首を捻る。
マキくんは、しばらく沈黙していたが、再び『久木 瑠香』のことを話し出した。
「瑠夏は、留学してすぐにハナを路上で見かけて、ファンになったらしい。出張のついでに会った時、アイツに強引に連れて行かれて、ハナの演奏を聴いた」
「…………」
メーガンさんの言葉が脳裏を過る。
路上演奏をするわたしに、リクエストしたりチップを渡したりしていたのは、やはり『久木 瑠香』だったのだ。
「瑠夏は、ハナのCDも買っていたし、コンサートにも出来る限り足を運んでいたくらい、熱心なファンだった。日本公演が決まった時には、帰国して俺と一緒に聴きに行く約束までしていた。だから……ハナが演奏活動を停止したことに心を痛めていたし、ハナの演奏をまた聴ける日を心待ちにしていた」
彼女に限らず、そう思ってくれている人がいると、友野先生からも聞いた。
とても嬉しくて、とても申し訳ない。
「でも、聴いて……もらえなかった……」
マキくんは「責めているわけではない」と言い、顔を上げた。
その表情は、懐かしさと哀しさの入り混じった複雑なものだった。
「ハナの日本公演が『KOKONOEホール』に決まったのは、エージェントにこちらから打診した結果だが……そもそもは、瑠夏とハナが約束したからだ」
「約束? わたし、と?」