溺愛音感
ハナ、元婚約者と対峙する①
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「こんばんは、ハナちゃ……」
「こんばんは」
「こ…………」
(なんか、みんな同じ反応なんだけど……)
午後七時十五分前。
コミュニティセンターのホールには、すでに椅子が並べられており、半分くらいが埋まっている。
やって来た団員は、まっすぐ自分の定位置へ行き、周囲の人たちと談笑しながら練習が始まるのを待つのがいつもの光景なのだが……。
今夜はちょっと様子がちがう。
ホールに入ろうとして、入口付近に立つわたしに挨拶し、隣にいるマキくんを見てフリーズするのだ。
王子様モードのマキくんが愛想よく「こんばんは」などと微笑みながら挨拶するものだから、男性まで心なしか顔を赤らめ、ギクシャクした動きで席へ向かう。
そして、席についてからも、チラチラとこちらの様子を窺う無数の視線が感じられる。
(マキくん、目立ちすぎ……。気が散って練習にならない、なんてことにはならないだろうけれど……)
自分を含め、みんな平常心を保てるか、心配だ。
「いつもこれくらい……八、九割の出席率なのか? だとすれば、練習も捗るだろうな」
ほぼ空席がなくなったホールを見渡し、マキくんが感心したように呟いた。
「平日は六、七割くらいみたいだよ。いろんな事情のひとがいるから、全員揃うのは本番前の数回なんだって」
「社会人なら平日の夜、家族持ちだと週末のほうが厳しいか……」
趣味と天秤にかけたら、仕事や家庭を優先するのは当然だし、団に所属している動機だってさまざま。求めるもの、目指すゴールも人それぞれ。
完璧な演奏をしたいと思う人もいれば、みんなで楽しく演奏できればいいと思っている人もいる。妥協、ではないけれど、歩み寄りは必要だ。
自分のこだわりを失わずに、なるべく多くの団員が満足できるように。
そして、聴衆を魅了する演奏ができるように、団を、音楽を、創り上げていかなくてはいけない。
指揮者である友野先生の苦労は計り知れないものがあるだろう。
プロを相手にするよりも、調整は難しそうだと思う。
けれど、そんな難しさすらも楽しんでいるようだから、すごい人だ。
懐が深い、とでも言えばいいだろうか。
どんなことでもちゃんと受け止めて、向き合ってくれる。
気さくで話しやすいし、面白い。
三輪さんの弟子、というのも納得だった。