溺愛音感
「――っ!」
あからさまに心細い表情をしていたのかと、恥ずかしさに顔が熱くなる。
「彼、ハナちゃんのヴァイオリンがとても好きなんだねぇ。すごく幸せそうに聴いていたよ」
「…………」
本人から直接言われてはいたけれど、改めて客観的に言われるとなんだか照れくさいような、恥ずかしいような微妙な気持ちだ。
三輪さんは黙るわたしに微笑みかけたが、唐突にとんでもないことを言い出した。
「ねえ、ハナちゃん。来年の定演、ソリストとして参加してくれない?」
「えっ」
「友野くんはもちろんだけど、団員たちからも、ハナちゃんとやってみたいと言う声が上がってるんだよね」
「…………」
路上で演奏し、マキくんの前で演奏し、こうしてオケの練習に参加するようになって、もう一度夢を追いかけたいという気持ちも、それができるかもしれないという期待も少しずつ膨らんでいる。
でも、右も左もわからぬまま、プロの世界に初めて飛び込んだ時とはちがう。
表舞台から姿を消した後、再び同じ場所へ戻るのは容易なことではないのだと知っている。
一度経験したからこそ、二の足を踏んでしまう。
上手くいかなければ、酷評されて今度こそ二度と表舞台には立てなくなる可能性は高い。
それに、わたしのせいでオケも酷評されるかもしれないと思うと、軽々しく「やります」とは言えなかった。
「とはいえ、いまの状態でいきなり演奏活動を再開させるのは、できなくもないけれど難しいよね? だから……」
一度言葉を切った三輪さんは、ランチのお誘い並みの軽さで、さらにとんでもないことを言い出した。
「コンクールに出てみない?」