溺愛音感
どういう意味、と問い質す間もなく、玄関に入るなり襲われた。
素早くわたしの手からヴァイオリンケースを取り上げて、床に置くなり覆い被さるようにキスをする。
「ちょっ……!」
顎を掴まれ、強引に口を開かされる。
舌で口腔内を弄られ、あまりの気持ちよさに腰砕けになったところで、床へ押し倒された。
貪るように激しくしたかと思えば、焦らすように軽いものへと切り替えられ……。
熱くなりかけては冷まされて、乱気流に放り込まれたように定まらない自分の身体の反応に翻弄される。
焦れるあまり、自分から唇を押し付けようとした時、捲れがあったスカートの裾から入り込んだ手が太腿を這い上がる感触で、我に返った。
(や、こ、ここ、玄関っ……)
この時間帯に誰かが訪ねて来るとは思えないが、そもそもこんな場所でするようなことではない。
「ちょっ……まっ、マキくんっ! こ、ここ、玄関っ!」
ジタバタと暴れ、広い肩を押し返して抵抗したら、不機嫌極まりない声が降って来た。
「だからどうした? 二時間も、ハナがほかの男を見つめるのを我慢したんだ。限界だ!」
「見つめるって……友野先生のこと?」
「アイコンタクトして、しかも時々微笑んでいたっ!」
(いや、それ普通だよね? 口パクで合図するなんてあり得ないでしょ。それに、険しい表情で睨み合えと? 険悪すぎるでしょ)
嫉妬するマキくんは、かわいいと言えなくもないが……。
(どうかしてる……)
「いまから二時間、俺だけを見つめて、俺以外のことは考えるな」
(普通に聞けば、熱烈な愛の告白に聞こえなくもないけど……ただの俺様……)
「無理」
「無理じゃない。いい方法がある」
どんな方法だと訊くまでもない。
現在進行中だ。
「玄関はイヤ」
「たまには変わったシチュエーションでするほうが、マンネリ化せずに済むらしい」
(熟年夫婦じゃないんだから……マンネリ化するほどしてないよねっ!?)
「床でするのは、ヤダ。背中痛いし」
「じゃあ、リビングにしよう」
「は?」
「ソファーがある」
(確かに、リビングのソファーは大きいし、座り心地もいいし……でもっ)
「ソファー行くなら、ベッドに行こうよっ!?」
叫んだ瞬間、マキくんがにやりと笑い、ギクリとした。
(な、なんか……言質取られたような……)