溺愛音感
「ハナはベッドへ行きたいんだな?」
「や、そ、そういう意味ではなく……」
「遠慮するな。休み中、ハナがしたいなら、いつでも、どこでも応じるつもりだ」
「や、夜だけでいいしっ! ベッドの上だけでいいしっ!」
自分で言っておきながら、顔が熱くなる。
そんなわたしを見たマキくんは満足そうに笑いながら、ブラウスのボタンを外し、胸元にキスを落とした。
「そうか。日が暮れてから、日が昇るまででいいんだな。しかも、ベッドの上なら何をしてもいいということだな」
「え……」
「いろいろ試したいことがあるんだ。じっくり研究させてもらおう」
「えっ!」
わたしを抱き上げたマキくんは、ベッドへ運ぶなり服を剥ぎ取り、胸からお腹へとキスで辿っていく。
「ま、ま、待って、マキくん!」
「心配するな。ちゃんと避妊はする」
「そ、そういうことじゃないっ!」
この期に及んで抵抗するわたしに、マキくんは大きな溜息を吐いた。
「ハナを抱けるうちに、目いっぱい抱いておきたいんだ。ハナが忘れられないように。ハナの身体が、俺以外では満足できなくなるように。いつまでも一緒にいられるという保証はどこにもない。こうして一緒に過ごせる時間を無駄にしたくない」
何気にすごいことを言われているが、アンバーの瞳に浮かぶ不安の色に、はっとした。
どうにもならない状況のせいで恋人と別れ、しかも突然の死で二度と会えなくなるという経験をしたマキくんは、「今日」と同じ「明日」が当たり前に来るとは信じられないのかもしれなかった。
「捕まえておける間は、ハナを捕まえておきたい」
「べつに逃げたりしないよ。それに……マキくんのこと、忘れたりもしない。あの時のことを思い出せないままじゃ、信じられないかもしれないけれど……」
「思い出さなくていい。あの時の俺は、かなり情けない姿をさらしていたからな」
「情けなくても、カッコ悪くても、マキくんはマキくんだよ」
王子様でも俺様でもね、と心の中で付け加える。
「ハナも……同じだ。犬でも人間でも、ハナはハナだ」
(だから、犬じゃないしっ!)
むっとするわたしの唇にキスをして、マキくんはふわりと笑った。
「ハナは大事な家族の一員だ。どこへ行こうとも、ハナの帰る場所はここだ」
マキくんは、家族を何よりも大切にしているから、その一員だと言ってくれて嬉しかった。
けれど、わたしにとってマキくんは「家族」という言葉だけでは言い表せない存在だ。
恋人、友人、同居人、シェフ、伴奏者、あらゆる役目を担ってくれている。
ほかの誰とも比べられず、世界中を探しても、代わりになる人はいない。
そんな存在を表す言葉が見つけられず、言葉の代わりに行動で示そうと広い背中に腕を回した。
「どうした? ハナ」
ヴァイオリンを弾く時のように、ありったけの思いを声という音に乗せる。
「マキくん……好き」
「ただ好きなだけか?」
(なんでそういうこと言うのようっ!?)
信じられない、と睨むわたしを見つめる目には、期待が見え隠れしている。
(しようがないなぁ……)
嬉しそうに笑う顔が見たかったので、付け加えた。
「……大好き」
思惑どおり、きゅっと口角が上がり、綻んだ唇が甘い囁きを紡いだ。
『Je t’aime à la folie』
さらりと言われたのは、なかなかに重い愛の言葉だった。
しかし。
(なんか……フランス語で言われると、嘘くさいんだけど)
「ねえ、マキくん。日本人なんだから、日本語で言って!」
わたしの要求にマキくんは目を瞠り、信じられないと言いたげな顔をしたが、うっすら頬を赤く染め、ぼそっと呟いた。
「……狂いそうなほど愛してる」