溺愛音感
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「出かける」
「うん」
一週間の休暇を終えたマキくんは、今日から仕事に復帰する。
ここのところ、カジュアルスタイルの彼しか見ていなかったので、スーツ姿が新鮮だった。
ヘンリボーン柄のやや濃いめのグレースーツに、サックスブルーのシャツ。モノトーンの格子柄のネクタイというシンプルなコーデだけれど、上質な生地や丁寧な縫製が高級感を醸し出している。
その上、弛みも緩みもない完璧な体型。
シルバーフレームの眼鏡が甘い顔立ちをキリリとさせ、雑誌の表紙を飾れそうな仕上がり具合だ。
(スーツって、すごい。こういうの制服マジックとか言うんだっけ? ちゃんと社長らしく見える……)
しかし。
そんな完璧な見た目でも、中身は相変わらずの俺様だ。
玄関で見送るわたしを振り返り、次々命令する。
「練習に夢中になりすぎて、昼を食べるのを忘れないように」
「ん」
「散歩に出かけてもいいが、知らない人間には付いて行かないように」
「……ん」
「餌も、貰わないように」
「んっ(怒)!」
「それから……寂しくても、キャンキャン鳴いたり吠えたりしないように」
今日からは、大部分の時間マキくんがいないのだと改めて思い、途端に寂しさが込み上げた。
俯き、ぎゅっとマキシワンピを握りしめる。
「……うん」
「ハナ」