溺愛音感
『柾さんは、ハナができないことはプロに頼めばいい。できること、したいことだけすればいいと言ってくれているの。仕事にプライベートは持ち込まない主義だから、対外的に社長夫人として振る舞う必要もないそうよ。松太郎さんも、全面的にその考えに賛成で、ハナのことをとても気に入ってくださっているわ。どこが、何が、不満なの?』
そこまで言われて「年齢が離れている」とか「話が合わない」とか、そんなふわふわした理由で断るのは説得力がないし、誠意もなさすぎる。お断りするなら、きちんとした理由でなければダメだと母にキツく言われた。
最低でも三回はデート(散歩)するようにというのが、女帝(母)の命令だ。
とはいえ、常に忙しい社長(毒舌)と突発的な仕事が入るわたしのスケジュール調整が難しく、第一回目のデート(散歩)の予定はまだ決まっていない。
が、いまから気が重い。
(きちんとした理由あるけど……『毒舌』と言っても信じてもらえないだろうなぁ……)
理想的な御曹司で王子様になれる演技力に、爽やかな弁舌。
太刀打ちできる気がしなかった。
(それにしても……何を考えてあんなこと言い出したんだろう?)
わたしのことが気に入らないくせに、どうしてさっさと破談にしないのか。
どうしてあんな大嘘まで吐いて、このお見合いを無理やり進めようとするのか。
イケメン社長(毒舌)の考えていることが、さっぱりわからない。
これまでの縁談で、断ったことはあっても断られたことはないとかいう、くだらない理由なんじゃないかと疑ってしまう。
(キスだって……。好きでもないくせにキスするなんて、サイテー。女ったらし。何が、『僕の子ジカちゃん』よ。ちょっと優しくすれば、女性はみんな自分に靡くとでも思ってるんでしょ)
でも……。
転びそうになったわたしを抱きとめてくれた時の表情を思い出し、唇を噛む。
暴言を吐いたり、急に優しくなったり。
意味がわからない。
(ああ……今回のお見合いを何とか破談にできたとしても、次の相手を用意されるんだろうなぁ……面倒くさいなぁ)