溺愛音感
和樹は、わたしが人前でヴァイオリンを弾けなくなった時、病院へ連れて行ったり、評判のいいカウンセラーを探し出して来たり、あらゆる方法でどうにかしようとしてくれた。
わたしが弾けなくなったきかっけは、彼が生い立ちをゴシップ誌に流したことがきっかけと言えばきっかけだったから、罪の意識があったのかもしれない。
けれど、それを差し引いても、「仕事」や「義務」という言葉で一括りにするには、多すぎる時間と労力を費やしてくれた。
婚約者としては問題大ありでも、仕事のパートナーとしては、かけがえのない存在だったし、いい加減に扱われたことは一度もなかった。
(そう思えるのも、マキくんに全部ぶちまけたからなんだろうけど……)
「ハナ」
「ん?」
「ごめん」
突然、和樹がテーブルに着きそうなほど頭を下げた。
「謝って済むようなことではないけれど……すまなかった」
一瞬、息の仕方を忘れかけたが、そもそもここへ来たのは、ずっと避けていた話をするためだ。
「それは…………何に対しての謝罪?」
微かに声が震えてしまったものの、なんとか取り乱さずに問い返す。
「全部だ」
ゆっくりと頭を上げた和樹は、わたしを見据え、落ち着いた口調で自分の罪を告白した。
「ハナの気持ちを考えずに、勝手な真似をして……ヴァイオリンが弾けなくなるくらいまで追い詰めた。挙げ句の果てに……裏切って、傷つけた」
改めて、過去の出来事を言葉にされると胸が痛んだ。
きれいに水に流してしまえるほど、気持ちの整理がついているわけではない。
でも、この場にいるのは、声高に責めたて、断罪するためではなかった。
「どうしてあんなこと……ほかの人と……したの?」
明確な理由はないと言うのなら、それでもかまわない。
ただ、知りたかった。
彼が、何を考えていたのかを。
あの頃、誰よりも近くにいたはずなのに、わたしは彼が何を考えていたのか、まったくわからずにいた。