溺愛音感


「う……ん、で、でも、マキくんは優しいし、大事にしてくれている……と思う」

「そう、なんだろうな。ハナ、綺麗になったし」

「……そんなこと、ないよ」


お世辞だとわかっていても、つい頬が熱くなってしまう。


「ハナ」

「ん?」

「幸せか?」

「え……」


こちらを見つめる和樹の瞳は、不安、願望、期待、苦痛、いろんな感情が入り乱れ、揺れていた。

幸せだと言い切ってしまえば、話は終わる。
彼の罪悪感を拭い、安心させるには、それが一番いい。

でも、何が「幸せ」なのかわからないまま、適当に答えるのはためらわれた。
きっと見透かされてしまうから。


「幸せ……か、どうかはわからないけど……マキくんと一緒にいるのは、すごく自然。一緒にいないことが、考えられないくらい。でも……」

「もう一度、演奏活動を再開したら、一緒にいられなくなる?」


言い淀んだ先を当てられて、頷く。


「うん……」

「確かに、あの頃のように目いっぱい公演を詰め込んだら、すれちがいの生活になるだろうな」

「だと思う」

「羨ましい」

「は?」


どうして「羨ましい」になるのかわからず、目を瞬く。


「ヴァイオリンと天秤にかけるほど、大事だってことだろ? 俺との関係は、ちがった」


言われてみれば、そのとおりだった。

和樹とヴァイオリンを天秤にかけて迷ったことなどなかった。
ヴァイオリンと和樹、どちらが大切か思い悩むようだったなら、きっとあんな終わりは迎えなかったと思う。


「うん……マキくんも、ヴァイオリンも、どちらか一方だけを選べない」


和樹は「わかっていたけどな」と苦笑いし、昔の顔――エージェントだった頃の顔を覗かせた。


「一度、活動を休止したハナが、もう一度名を売るには、昔より活発な演奏活動をする必要があるだろうな。でも、二度目だからこそ、あえてスタイルを変えるのもアリだと思う」

「スタイルを、変える?」

「駆け出しの頃は、チャンスがあればがむしゃらにという人が多い。でも、ある程度年齢を重ねて、自分なりのスタイルを確立した後は、私生活とのバランスを考えて演奏活動を調整する音楽家もいる。女性の場合は、出産、子育てで演奏活動を一時的に休止し、その後の活動スタイルを変えることも珍しくない」

「つまり……?」

「ハナが『こうありたい』と思うスタイルで活動できるように、マネージメントしてくれる人材を探せばいい。自分でやろうとするとストレスもかかるし、かなりの時間と労力を奪われるから。女帝のパートナーの伝手を辿れば、いい人材が見つかるはずだ」


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