溺愛音感
「なるほど……」
母の年下のパートナーは、もともと、音楽事務所に所属していたのを母が引き抜いた。
彼は、プライベートでは母の恋人だが、対外的にはマネージャーの仕事をしている。
スケジュール、契約、出演交渉等々、すべてを取り仕切っているのだ。
当然、同じような仕事をしている知り合いも多いはず。
何となく、わたしとマキくんの将来に、光明が見えた気がした。
しかし、和樹はそもそものところが一番の問題だと言う。
「探せば折り合いをつける方法はいくらでもある。が、すべてはもう一度表舞台に立てたらの話だ」
「わかってるよ。だから……コンクールに、挑戦してみようかと思ってる」
「コンクールっ!?」
驚愕する彼に、三輪さんに勧められた国際コンクールの名を告げると仰け反った。
「おいおい……三大コンクールの一つじゃないか! 本気か?」
「うん。客観的な評価ってものを一度は体験してみたいし」
「酷評されるかもしれないぞ?」
「だとしても、それがいまのわたしの実力ってことでしょう?」
「必ずしも、そうとは言い切れない。あのコンクールは公平性が高いと言われているけれど、それでもいろんなしがらみやら思惑が絡んでくるものだ。上手くいけば、これ以上はない宣伝効果になるが、下手すれば二度と表舞台に立てないかもしれない。リスクは大きい」
「ステージには立てないとしても、路上には立てるでしょ? それに、もし路上にも立てなくっても……マキくんが聴いてくれる」
酷評されたら、予選を通過することすらできなければ、チャンスを掴むどころか演奏家生命を絶たれるかもしれない。
けれど、それは「あちら側」の世界でのこと。
立派なコンサートホールでなくても、ステージの上でなくても、ヴァイオリンを弾き、聴いてもらうことはできる。
たとえ、大勢の人に聴いてもらえなくても、たった一人でも聴いてくれる人がいれば、それでいい。
「ハナは……」
険しい顔をしていた和樹が、ふっとその表情を緩めた。
「九重社長のことを心から信頼しているんだな」
「……うん」
「それに……『好き』なんだな?」
「えっ」