溺愛音感
ハナ、前を向く②


マキくんは、わたしの手を引き、店を出た。

車ではなく、歩いて店まで来たらしい。
会話もなく、黙々と歩き続けて、マンションに辿り着く。

鞄を持っていたし、部屋の様子からも、一度帰宅して出て来たわけではなさそうだ。


(となると……会社からまっすぐ来たってこと? でも、どうしてあのカフェにいるってわかったの? そもそも、どうして和樹は許可をもらってるなんて言ったの?)


よくよく考えると、あの場にマキくんがいたのは大いに謎だった。


「マキくん、どうしてあのカフェ……にぃっ!?」


みなまで言わぬうちに、担がれた。


「シャンプーする。ほかの犬の匂いをつけたまま、この部屋の中をウロチョロするのは、許さない」


そう言ったきり、わたしをバスルームへ運び込んだマキくんは、いつにも増して執拗にわたしを洗い立てた。

特に、和樹が触れた頬は三回も洗う念の入れようだ。

嫉妬するようなことは何もなかったと説明したくても、話を聞いてくれそうな雰囲気ではなく、気まずいままシャンプータイムは終了。

その後のルーティンも省略することなくこなしたマキくんは、冷凍庫に常備されている作り置きのおかずを何品か解凍し、お皿に盛りつけ、即席の晩御飯を用意した。

そこまでは、いつもと変わらない。

しかし、そこから先はいつもと大きくちがっていた。

帰宅が遅い時は、あまり飲まないマキくんが、小気味いい音を立てて赤ワインの栓を抜くなり、なみなみとグラスに注ぎ、一気に飲み干したのだ。

三杯も。

ボトルのワインは、すでに半分以下まで減っている。


「ま、マキくん……だ、大丈夫?」

「……大丈夫じゃない」


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