溺愛音感
大丈夫ではない原因は、和樹のこととしか思えなかった。
「あの……和樹と何を話してたか、気になる……?」
同じ空間にはいても、彼が座っていた場所からは、よほどの地獄耳でもない限りわたしたちの会話は聞こえなかったはずだ。
「気になるのは、そこじゃない」
「え? そうなの? じゃあ……」
気になるのはどこなのだ、とは訊けなかった。
続けてぶつけられた問いが、あまりにも予想外で。
「ハナは……もし、アイツが結婚していなかったら、ヨリを戻したいか?」
「え?」
「アイツは、ハナに未練がある。ハナさえ戻ると言えば、あっさり離婚するだろう」
「え、や、それはな……」
「アイツなら、業界にも精通しているし、ヴァイオリンのことも含め、ハナのことを誰よりもよく知っている。一度過ちを犯し、死ぬほど反省したようだから、二度と繰り返さないだろう。公私ともに、今度こそいいパートナーになる可能性は高い」
「マキくん、何が……言いたいの?」
話の脈絡が見えなかった。
和樹との復縁を勧めているようなマキくんの言葉は、聞こえているけれど、何一つ理解できない。
「アイツなら、ハナと一緒にどこへでも行ける。ずっと傍にいて、支えられる」
「…………」
茫然とするわたしを見つめ、深々と溜息を吐いたマキくんは、静かに告げた。
「俺にはできないことが、できる」
「…………」