溺愛音感
反論はできなかった。
反論するだけの根拠も、自信も、いまのわたしにはなかった。
じわり、と熱いものが目に滲む。
「つまり……わたしは、必要ないってこと?」
「そうじゃないっ!」
間髪入れずに否定したマキくんは、「はぁ」と溜息を吐いて大きな手で顔を覆った。
「どんなに必要でも、欲しくても……諦めなくてはならないこともある」
たとえば、マキくんが、ピアニストの道ではなく、『KOKONOE』を選んだように。
たとえば、和樹が、ヴァイオリニストの道を諦めたように。
事の大小は違えども、日々、諦めたり、選んだりを繰り返して、前へ進まなくてはならない。
頭のいい人ならば。
人より未来がよく見える目を持つ人ならば、見込みがないと思った時点で、さっさと見切りをつけ、要領よく別のものを選ぶのかもしれない。
けれど、わたしには、もがき、抗い、みっともないくらいにあがくこともせず、諦めるなんてできなかった。
母が、自ら望んだキャリアを手に入れ、女帝と呼ばれてもなお、捨ててしまった「家族」を諦めきれなかったように。
マキくんにとって、大事な思い出である彼女が、望んだ形ではなくとも、ヴァイオリンを弾き続ける道を選ばずにはいられなかったように。
本当に欲しいものなら、本当に必要なものなら、諦められないと知っている。
「……ヤダ」