溺愛音感
素直な気持ちを口にすれば、涙は自然と引っ込んだ。
「ハナ……」
「マキくんはそれでよくても、わたしがイヤなの」
「冷静に考え……」
「わたしは冷静だよ、この上なく。むしろ、マキくんよりも冷静だと思うけど」
顔を覆っていたマキくんの手を引き剥がし、あっけに取られた表情をする人をまっすぐ見据えて宣言する。
「ヴァイオリンも、マキくんも、諦めない。コンクールも」
「……………」
「コンクールの応募用のDVD。伴奏は、マキくんにお願いしたい」
「それは……プロに頼むべきだろう。むしろ音羽先生にでも……」
「マキくんのピアノが、いいの。わたしが、一番気持ちよく弾けるから。ちなみに、音羽さんのピアノは伴奏向きじゃないから、ダメ。今日一緒に演奏してみて、ものすごくストレスだった」
困惑していたマキくんも、わたしが本気だと悟ったらしい。
溜息を吐いて、頷いた。
「それで……報酬は? まさか、タダでやらせるつもりじゃないだろうな?」
「報酬は……」
プロに伴奏を頼む場合、それなりの額をお支払いしなくてはいけない。
マキくんはプロではないけれど、やるとなればマキくん自身練習しなくちゃならないだろうし、合せるのも、いままでのように行き当たりばったりというわけにはいかない。
かなりの時間を割いてもらうことになる。
超多忙な社長に、無報酬で頼むのはさすがに気が引けた。
(でも、お金だと……わたしの貯金なんかより、マキくんの個人資産とかのほうが多いだろうし……わたしにしか、差し出せないものがあるとすれば……)
まだ、残っているリクエスト曲たちが脳裏に浮かぶ。
「報酬は……マキくんのリクエストなら、どんな曲でも応えるし、マキくんが望む場所で弾く。この先ずっと……生きて、ヴァイオリンが弾ける限り」
(本当は……ずっと傍にいて、と付け加えたいところだけど……いま言っても信じてくれないだろうし)
頑固で強情な俺様の考えを覆すには、それなりのものを提示しなくてはならないだろう。
言葉ではなく、行動で。
願望ではなく、結果で示すしかない。
何にせよ、コンクールの結果が出るまでは、今後のことはすべて仮定の話でしかないのだ。
焦ったところで、どうしようもない。
「それは……随分、贅沢な報酬だな」