溺愛音感
びっくりしたように目を瞬いたマキくんは、微かに笑った。
「マキくんは衣食住を提供してくれる、いわば昔のパトロンみたいなものだしね。日本風だと、パパ活って言うんだっけ?」
「ちがうっ!」
血相を変えて叫ぶマキくんに、苦笑する。
「冗談だよ」
「笑えない冗談は、よせ」
五杯目のワインを呷るマキくんは、むっとした表情をしているけれどさっきまでとはちがい、肩の力が抜けている。
だから、もっと気を抜いてほしくて、からかってみた。
「ねえ、マキくん……本当は、和樹にヤキモチ焼いた?」
「――っ!」
グラスにボトルに残った最後のワインを注ごうとしていたマキくんは、手元を狂わせ、テーブルに注ぐ。
「…………」
あからさまにショックを受けた様子で、渋々テーブルを拭くしょんぼり具合がかわいい。
つい、にやけそうになったわたしに感づいたのか、ワイン色に染まった布巾を見つめていた顔を上げる。
「ハナ?」
「え? な、何でもないよっ!」
疑いのまなざしを向けられて、思わず目を逸らしてしまった。
「…………」
マキくんは、やおら席を立ち、テーブルを回り込んでわたしを見下ろす位置に立つ。
その威圧感は、とてつもない。
(う……調子に乗りすぎたかも……)
「ま、マキくん、じょ、冗談……まさか、マキくんが嫉妬なんてしないよね……へへ」
「……した」
「え?」
「あの場で、アイツを殴り飛ばすのを我慢するのに、一生分の忍耐力を使い果たした気分だ」
ふいに伸びて来た手に身体を持ち上げられたかと思うと、頬に熱くて柔らかい唇が押し当てられた。
そこは、ちょうど和樹がキスをしたあたりだ。
「たとえ過去のことでも、あの男がハナに触れたのが許せない」
「まっ……!」
酔っているのか、それとも嫉妬や動揺で、自制心が吹き飛んだのか。
いつもより乱暴なキスを寄越すマキくんに押し倒された先は、ベッドではなくソファーの上だ。
押しつぶされるようにしてキスを受け止めているうちに、止められる限界はとっくに超えていた。
部屋着も、下着も、脱がないまま、性急に身体を重ねた。
窮屈な態勢で、瞬く間に絶頂まで押し上げられて、息も絶え絶えになったところで、ようやくベッドへ運ばれる。
もちろん、一度で済むはずもなく、今度は服を脱いだものの、過ぎた快感にやめてと訴える声はことごとく無視され、終いには声が嗄れるまで鳴かされた。
何度か意識が途切れ、何がどうなっていたのか記憶はあやふやだ。
それでも、何度もキスをして、触れ合った肌からずっと奥深くまで、いままで触れたことのない心の奥底まで重なり合い、溶けていくような感覚だけは憶えている。
それは、まちがいなく、いままで生きてきた中で、
一番幸せな記憶だった。