溺愛音感
かぁっと瞬く間に頬が熱くなり、視線をさまよわせた先で花梨さんと目が合った。
綺麗な桜色の唇が『う・ら・や・ま・し・い』と音のない声を紡ぐのを見て、さらに頬の熱が全身に広がる。
『ハナ?』
「え? う、うん?」
『毎日のリクエストは、動画で頼んでもいいか?』
「もちろんだよ!」
(そっか! レッスンも遠隔にすればいいんだ!)
三輪さんとのレッスンも、しばしオンラインにしてもらおうと思いつく。
浮世離れしているところがある三輪さんだが、孫とコミュニケーションを取るために、必死でスマホの操作を覚え、各種SNSアプリを使いこなしているらしい。
音質の問題はあるが、しばらくは細かなところを重点的にやり、仕上げは来週にと考えていたから大丈夫だろう。
悩みが一つ解決し、気分が浮上したところに再びマキくんの低い声が聞こえた。
『ハナ……あのレストランに、いたそうだな』
「う、ん……」
『いろいろと話すべきことがあるが……電話ではなく、会って、顔を見て話したい。しばらく、待てるか?』
待つのも、何を言われるかも、怖くなかった。
彼が何を考え、どんな結論を出したとしても、わたしの出した結論と合致しない限り、あっさりすんなり受け入れるつもりはないから。
「わかった」
『会議が始まるから、もう切る。何かあれば、いつでもいい。必ず連絡しろ』
「うん。マキくんもね?」
『俺は……』
「約束して!」
『……わかった』
電話を終え、スマホを花梨さんへ返す。
「話し合いは無事終わった?」
「はい」
「そう。では、行先を教えてもらえるかしら?」
わたしが音羽さんの自宅の住所を告げると、運転手さんが軽く頷いた。
道中、わたしの気を紛らわそうとしてか、それとも単なるノロケなのか、花梨さんは先日籍を入れたばかりの旦那さまの話をしてくれた。
驚いたことに、彼女はなんとバツイチ。
政略結婚だった夫と別れ、長年想い続けていた元カレと再婚したのだという。
しかも、彼女からの逆プロポーズ。
最初は冷たくあしらわれたけれど、めげずにアタックし続けて、粘り勝ちしたらしい。
ぜひとも参考にしたかったので、つい根掘り葉掘り詳しく訊いてしまった。
その様子で感づいたのだろう。
花梨さんは、音羽さんの家の前で車を降りようとしたわたしに、自身の連絡先を書いた紙片を手渡しながら、微笑んだ。
「一週間もあれば他の話題に世間の興味は移ると思うし、わたしもできる限りのことはするつもりよ。だから、遠慮せずいつでも、何でも、頼ってほしいわ。特に……一生に一度の高価な買い物をするつもりなら、オススメの店を紹介できるわよ?」