溺愛音感
ハナ、対決する
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外まで店員に見送られ、しかも深々とお辞儀までされて、なんとも落ち着かない気持ちで店をあとにし、天を仰ぐ。
手にしているほんの小さな紙袋に収まっている品が、一個ウン十万円もするなんて、何かの冗談ではないだろうか。
(世の中の男の人って、大変……)
生まれて初めて入った超高級ブランドの宝飾店は、商品である貴金属の美しさとお値段が眩しすぎて、目がつぶれるかと思った。
一番シンプルなデザインのものを選んだが、それでも十分にお高い。
(これにダイヤとか付くと、もっと高いってことだよね? それを思えば、失敗する可能性がちょっとでもあったら、プロポーズなんてできないよ……)
返品はできないだろうし、売るとしても精神的に辛いものがある。
「やっぱり、ショッピングは女同士がいいわね! 久しぶりに楽しかったわ」
あまりにも高い買い物をし、若干放心状態のわたしとはちがい、根っからのお嬢様は何のダメージも受けていない。
爽やかなペパーミントグリーンのワンピースを着た花梨さんは、くるくると日傘を回してご機嫌な様子だ。
ウン十万単位の買い物は、彼女の日常なのだろう。
あの日、力になってくれると言った彼女の言葉に甘え、人生の一大イベントのために、高級ブランドの宝飾店へ付いて来てもらった。
店の上客である彼女のおかげで、門前払いは食らわずに済んだし、多少なりともお得なお値段で手に入れられた。感謝しきりだ。
「残すは、直接対決ね」
上機嫌の花梨さんが何気なく口にした言葉が引っかかった。
「え?」
「なんでもないわ。ね、お茶しましょう? わたし、いいカフェを知ってるの」
わたしの返事も待たずに、繁華街とクロスするように伸びる商店街へ向かう。
とても華奢な彼女は、転んだだけでも大けがをしてしまいそうだ。
詳しいことは話してくれなかったが、本人曰く、「ちょっと大変な病気」に罹ってしまい、現在治療中なのだそうだ。
「あの、車で行ったほうがいいんじゃ……」
「歩いたほうが早いわ」
彼女の歩みはとてもゆっくりしていて、そんなことはないと思われる。
しかし、もっと散歩を楽しみたいのに、お抱えの運転手と旦那様が過保護なため、なかなか歩かせてもらえないと不満を訴えていたことが脳裏を過った。
身体は心配だが、通りの左右に並ぶお店のひとつひとつに目を輝かせ、スマホで写真を撮りまくっている様子を目の前にしては、とても歩くのをやめさせられない。
駅から十五分は歩いただろうか。
「ここよ」
ちょっとレトロな感じの店構えのカフェが、目的地のようだ。
セージの花がガラスに彫り込まれたドアを開ければ、コーヒーのいい香りがした。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
朗らかな声に出迎えられながら、店に足を踏み入れ、驚いた。
「花梨さん?」
「こんにちは、椿さん。てっきり、結婚式の準備で忙しくしていると思ったのに、働いているのね?」