溺愛音感
「準備は、ほとんど友人たちがしてくれているんです。わたしは当日衣装に着替えるだけですから」
花梨さんと親しげに話す、真っ白なカッターシャツにカフェエプロンを格好よく着こなした長身の美女には、見覚えがある。
「お式は神前よね? 雪柳さんは和装が似合いそう」
「そうなんです! だから、パーティーも和装にしたいと思ったんですけれど、蒼のブランドの宣伝を頼まれて。蓮も、ドレス姿をどうしても見たいと言うので……」
(椿って……雪柳さんって……マキくんの……妹さんっ!?)
茫然としながら、奥の四人掛けのテーブル席へ。
メニューには、豆と味の特徴がかかれた各種コーヒーと軽食が並ぶ。
「好きなものを頼んで。ここは、何でも美味しいわよ?」
「えっと……じゃあ、今日のオススメにします」
ラテアート付きという文言に誘われて、カフェラテを注文する。
「わたしは、カフェモカにするわ。アイスで」
「承知しました」
テキパキとお冷とおしぼりを出し、オーダーを取った彼女はカウンターの向こうへ回るとエスプレッソマシーンに向かう。
どうやらワンオペらしい。
平日の二時過ぎという中途半端な時間、店内にはのんびり雑誌を読んでいる女性客がひとりだけだから、それでも回るのだろう。
あっという間に出来上がったオーダーが運ばれてきたが、目の前に置かれたカップを見下ろして、目が点になった。
(ナニコレ……かわいすぎるんだけどっ!)
カップの縁につかまった猫が、こちらを見上げている。
「あの、写真撮ってもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
微笑む彼女に、マキくんの笑顔が重なった。
(あ、やっぱり、どことなく似てる……)
全体的な雰囲気はまるでちがうが、笑うとやや垂れ気味になる目元や口角が上向きの唇など、パーツが似ている。
3Dラテアートと言うらしい猫をスマホで撮影し、泣く泣くスプーンでかき混ぜる。
味は、かなり濃い目で、コクと深みがあり、本場の味を思わせる。
プロのバリスタであるなら、当然の腕前なのかもしれないが、一度飲んだら忘れられない味。
彼女の淹れるコーヒーを味わいたくて、通うお客さんもいそうだ。
そんなことを思いながら、窓の外に見える小さな庭を眺めていたら、彼女と話していた花梨さんがとんでもない発言をした。
「今日は、お友だちとショッピングですか? 花梨さん」
「ええ。彼女のプロポーズ大作戦のお手伝いをしているのよ」
「ぐっ」
危うくカフェラテを噴き出しそうになった。