溺愛音感
「…………?」
なんだか既視感がある、と思いながら椿さんを見上げれば、首を傾げられた。
「ハナは、本名ですか?」
「え、いえ……本名が榊 絆杏なので、ハナは愛称です」
「愛称……そうなんですね」
しばし考え込む様子を見せたものの、椿さんは親しみやすい温かな笑みと共に大きく頷いた。
これで会話は終了だろうとほっとしかけたが、トレイを胸に抱えた彼女はなぜか話を続ける。
「実は……わたしには、五つ離れた柾という兄がいるんですが、最近犬を拾ったらしいんです」
「そ、そうなんですか」
「みすぼらしくて、やせっぽっちで、警戒心が強い野良犬だったらしいんですが、ようやく手懐けるのに成功したらしくて」
「そ、そう……」
「仕事ばかりしていた兄が、最近は極力夜の会食や接待を入れず、まっすぐ家に帰って犬とくつろいでいると蓮……兄の部下であるわたしの婚約者が言っていて」
「そ、……」
「ことあるごとに、犬の話ばかりしているらしくて」
自分の優位を確信し、からかうような笑みを浮かべた彼女は、マキくんにそっくりだ。
「その犬の名前も『ハナ』っていうんです。面白い偶然ですね?」
「…………」
「ごゆっくりどうぞ」