溺愛音感
聴く分には寝る前にちょうどよくとも、弾く分には結構な技巧を要求される一曲だ。
深呼吸し、気合を入れて弾き始める。
雑念を払い、安定した穏やかさを保つのは、いまの状況ではなかなか大変だった。
それでも曲が進むにつれ、心が洗われ、澄み渡る。
三百年ちかく前に作られた曲。
その頃と現代では、目に映るものも、生活様式もまるでちがう。
それなのに、当時の人たちが聴いたものと同じもので癒されるなんて不思議だ。
時が過ぎれば、いろんなものは変わってしまう。
朽ちて、新しいものに置き換えられ、古いものは忘れ去られてしまう。
人の心も、変わっていく。
けれど、何もかも、すべてのものが変わるわけではない。
変わったのは見た目だけで、さまざな飾りや覆いを取り払えってしまえば、変わらぬものが存在し続けていることだってある。
いつだって、わたしがヴァイオリンを手放せず、苦しくても嫌いにはなれなかったように。
この先、離れ離れの生活を送ることがあったり、時には喧嘩して仲違いすることがあったりしても、わたしがマキくんを好きなことも、大事に思う気持ちも変わらない。
変えようがない。
天秤にかけて、どちらかが大事だなんて考えるまでもなく、どちらもなくてはならない存在だ。
いまも。
これからも、ずっと。