溺愛音感
ハナ、プロポーズする
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「それにしても……似合ってないわねぇ」
黒のパンツスーツに五センチ……では身長差を埋めるのに足りないので、頑張って七センチヒールのパンプス。
着慣れぬ恰好をしているわたしに、女帝(母)は「残念」なものを見るまなざしを寄越した。
「言われなくてもわかってるよっ!」
「こんなサエない娘の伴奏をするなんて、テンション下がるわぁ」
「オフィス街じゃこれが普通だよ」
(ビジネススーツにおしゃれを持ち込むほうがどうかしてるでしょうっ!?)
「決められたものの中で、最大限の遊び心を見せるのがおしゃれというものよ?」
そういう女帝は、身体にぴったり貼りつくオフショルダーの真っ赤なドレス姿。
大胆に開いた背中や胸元が、目のやり場に困る。
浮きまくること請け合いの恰好だが、TPOは彼女の基準で決まるという思考の持ち主なので、異議を唱えるだけ無駄だった。
「人生の一大イベントなのに、そんなみすぼらしい有様で大丈夫なの?」
「みす、みすぼらしいって……大事なのは、外見じゃないもん……」
「何を馬鹿なことを言ってるの。外見も大事に決まってるでしょう?」
「……もういいよ」
話がかみ合いそうにないので、それ以上会話を続けることを諦めて、車窓のむこうを流れる景色へ目を向ける。
車が向かう先は、『KOKONOE』の本社ビル。
今日のミニコンサートでは、演奏者としては参加しないものの、ビラを配ったり、セッティングを手伝ったりするつもりだったが、できなくなってしまった。
その原因は……。
「あら、まだウロウロしているのね。ごめんなさい、地下の駐車場へ入ってもらえるかしら?」
車寄せに数名の男性を見つけた女帝は、タクシーの運転手にビルの地下駐車場への入り口を示した。
「まあ、ビル内は大丈夫でしょう。松太郎さんが、警備を厳しくしていると言っていたし」