溺愛音感
「柾くんの知り合いかな?」
「え、あ、いえ、ちょっと用があるだけで……すぐに帰りますので」
社長(毒舌)が「諭吉」をくれた人と同一人物だとはとても信じられなかったが、足元にはついさっき目にした磨き抜かれたオックスフォード、ストレートチップの靴。
わたしが追いかけて来たことに驚いていない様子からも、まちがいなさそうだ。
訊きたいこと、確かめたいことは山ほどあるが、まずはやらなきゃいけないことがある。
ツカツカと彼に歩み寄って、ずいっと握りしめていた一万円札を差し出した。
「これ、お返しします」
「返す? どうしてだ?」
「一万円は高すぎると思うので」
理由を述べた途端、彼は首を振り、呆れたように吐き捨てた。
「……おまえ、バカなのか?」
「ば、バカっ!?」
「どれほどの価値があるかどうかは、聴いた人間が決める。それが路上演奏の醍醐味だろう?」
「でも……」
「やると言ってるんだから、大人しく貰っておけ」
「でもっ!」
「ごちゃごちゃ言うな」
言い争いになりかけたところへ、マスターが割って入る。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。柾くん、女の子には優しくしないとね? お嬢さん、まずは座って。お名前は?」
「え、あ、は……ハナです」
「ハナちゃん。一応確認させてもらうけど、未成年じゃないよね?」
声を潜めて問うマスターに、苦笑いしてしまった。
明るい茶髪の天然パーマに童顔、小柄なため、いくら化粧をしていても十代に見られるのは日常茶飯事だ。
「はい。成人してます」
「じゃあ、大丈夫だ。何を飲む? 飲みやすい甘口のカクテルも出せるよ?」
「え、あの、わたし……」
「いいから、座れ」
イケメン社長(毒舌)が、自分のすぐ隣の席を示した。
できれば、一番遠く離れたカウンターの端に座りたいくらいだったが、全身から醸し出される圧に逆らえず、できるだけ椅子の端っこに腰を下ろす。
「……お、お邪魔します」
「あ、そのケースは横の席に置いていいからね?」
「ありがとうございます」
「飲みたいものはあるかな?」
「えっと……」