溺愛音感
ハナ、家に帰る
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機内アナウンスがあってから約三十分。
窓の外に見える景色を食い入るように見つめるわたしが、よほど異様だったのだろう。
着陸した瞬間、通路を挟んで隣の席に座っていた銀髪の老婦人がくすりと笑った。
『無事、到着してよかったわね? そんなに会うのが待ちどおしい人がいるなんて、すてきね。旦那さまかしら?』
淡い水色の瞳がちらりとわたしの薬指に光るものを確かめる。
『え、あ……はい』
半日でも早く会いたくて、マキくんが予約してくれた直行便のファーストクラスを一番早く日本へ帰れるエコノミーの乗継便へ変更した。
スーツケースをピックアップするのも待ちたくなくて、ドアtoドアの宅配サービスまで手配したくらいだ。
ベルト着用サインが消え、座席を立った人たちが通路に出て荷物入れを開け始める。
座席下の小さなリュックサックを引っ張り出し、ヴァイオリンケースを手に立ち上がった。
先ほど話しかけてきた婦人も身軽な人らしく、小さなハンドバッグを手に、混雑する通路を見渡し、うんざりした表情をしている。
『空の上にいる時はそんなに思わないのだけれど、地上に降りた途端、やっぱり早く外の空気を吸いたいと思ってしまうわねぇ』
『そうですね』
『ねえ、ずっと気になっていたのだけれど、あなたヴァイオリニストよね?』
彼女の視線はわたしが抱えているヴァイオリンケースに向けられている。
『あ、はい。そんなに有名じゃなくて、駆け出しですけど……』