溺愛音感
思わず声を上げそうになって、慌てて飲み込んだ。
(和樹、入ってくれたんだ。でも、バツイチって??)
「ハナさんの大ファンだって言ってましたよ」
「そ、う……」
わたしと和樹のことを知っているからか、美湖ちゃんの笑みはずいぶんと柔らかい。
「また、うちのオケと演奏してくださいね?」
「うん」
そう遠くない日、あの時和樹にかけた言葉を実現させられるかもしれない。
それは、わたしと彼にとって、きっと新たな意味のある出会いになるはずだ。
「あ、どうせならせっかくだから飛び入り参加します?」
「え、や、それは……」
「おまけで一曲演奏してください! わたしたちの演奏終わったら呼びますから!」
「あ、や、でも……」
「よろしく、ハナさん!」
美湖ちゃんは、わたしの断りの言葉を聞かずに再び人垣をかきわけて戻っていく。
(美湖ちゃん、強引すぎる……ヨシヤは、きっと嫁の尻に敷かれるんだろうなぁ)
長ーい付き合いで、お互い腐れ縁だと言い合う二人は、周囲の予想を裏切らずに、今秋結婚する。
ミツコさんは大喜びで、美湖ちゃんと二人で結婚式や披露宴の準備に張り切っているらしい。
両家の顔合わせやら結納やら披露宴やらと、日本の結婚式はいろいろ大変なようだ。
(もし、たっぷり時間があったら、わたしたちも大変だったのかな?)
いきなりのプロポーズから、即日入籍。
新婚生活一か月にも満たない状態で、わたしが日本を離れたので、わたしとマキくんはいわゆる挙式も披露宴もしていない。
写真くらいは撮ったらどうか、とマキくんのお母さんや音羽さんにも言われたが、なかなかタイミングが掴めずに、ずるずる日が過ぎてしまった。
(でも、やっぱり写真くらいはあったほうがいいかも。いつか、見せる日が来るかもしれないし)
一度くらい、神様の前で誓ってもいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、すっと誰かが隣に立つ気配がした。
「こんにちは。隣、お邪魔してもかまわないだろうか?」
「え、あ、はい」
チケットがあって席が決まっているわけではないし、立ち見だ。
どこに立とうが断る必要などないのに丁寧な人だと思ってちらりと見上げ、驚いた。
(ま、マキく……ん、じゃない)