溺愛音感
「あの……」
「座って! お腹空いてるんじゃない?」
空いていない、と答える前にお腹が鳴った。
「やっぱりね!」
(は、恥ずかしすぎる……)
「ナポリタンは好き? 残念ながら、つまみ以外ではそれくらいしか出せないんだけど」
「ナポリタン?」
聞いたことのない名前に首を傾げると、マスターは「ケチャップ味のパスタ」だと教えてくれた。
「それなら、食べられると思います」
「カクテルは? 甘いのが好き? それともすっきりしてるのがいい?」
「いまは……すっきりしてるのが飲みたいです」
「モヒートでいいかな?」
それがどんなものなのかよくわからないが、頷く。
好きな曲、好きな演奏家のことなど、マスターがほどほどに話をしてくれて、居心地の悪い思いをすることもなく、この世のものとは思えないほど美味しい「ナポリタン」を味わう。
レシピを訊けば、玉ねぎとピーマン、ハムや魚肉ソーセージなんかを具材にしてケチャップで味をつけるだけだと言うから、自分でも作れそうだ。
節約のために、外食ではなく自宅で食べるようにしているが、もっぱら「温める」か「お湯を入れる」の二択。
そこに「茹でる」と「混ぜる」を加えるだけだ。なんとかなるだろう……たぶん。
モヒートなるカクテルは、緑の葉っぱ入りですっきり爽やかな味わい。
こちらも、ぐびぐび飲めてしまう。
(美味しかったぁ……誰かが作ってくれた食事を、誰かと話しながら食べるのって、久しぶりかも)
ほろ酔い加減で幸せな気分に浸っていると、マスターがピアノが置かれているあたりの壁を探り、何かを取り出すのが見えた。
暗がりに目を凝らせば、ピアノを取り囲む壁にぎっしりCDが収納されている。
「すごい数ですね?」
「うん。最初は自分の好きなものだけを趣味で集めてたんだけど、このお店を開いてからはお客さんがオススメの一枚を持って来てくれたり、演奏家が売り込みに来たりで、どんどん増えちゃって。ところで、柾くんとハナちゃんに、ちょっと聞いてほしいCDがあるんだけど、いい?」