溺愛音感
ハナ、俺様王子様の専属になる
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「そのままだと目が腫れちゃうから、温めるといいよ」
涙で歪んだ視界に、真っ白なおしぼりが差し出された。
「す、すみません……」
マスターのアドバイスをありがたく頂戴し、目元を覆う。
久しぶりに思い切り泣いたせいか、気分はすっきりしていた。
けれど、事情も知らない、知人とさえ言えない人の前で泣いてしまったのが恥ずかしくて、なかなかおしぼりを外せない。
「そんなに強くないカクテルだから、飲んでみて」
コツンという音と甘い香りがした。
目を開ければ、カフェオレ色をしたカクテルが出現している。
泣いて水分を放出したせいか、喉の渇きを覚えてロックグラスを手に取った。
「……いただきます」
お酒はそんなに強くないので、たまにビールもどきを飲むくらい。
カクテルの種類はよくわからない。
チョコレートとミント。
甘くて、優しくて、でも清々しい。
ズキズキする胸の痛みを慰めてくれるような味だった。
「美味しい……」
「気に入った? アフター・エイトって名前なんだよ」
「憶えておきます」
「酔わせるのが目的の男に引っかからないためにも、アルコール度数の低いカクテルを覚えておいたほうがいい」
「そんな展開になんてならないから、大丈夫です」
バーにひとりで入ったこともなければ、男性にナンパされたこともない。
不要の知識だと首を振る。
マスターは、人差し指を立て、チッチッと舌を鳴らした。
「いやいや、人生何があるかわからないからね。たとえば、そこにいるような性格の悪い、しかも諦めの悪い御曹司にひと目惚れされるかもしれない」
「マスター」
隣から、呻くような呪うような、何とも不気味な声がする。
「ん? どうしたんだい? 柾くん。冗談だよ。それとも自覚してたの? 自分が性格悪くてしつこいって」
「…………」
(イケメン社長(毒舌)、性格悪いだけじゃなくて、しつこいんだ。ふうん……)
「ハナちゃん、次はコレどうぞ」
あっという間に空になったグラスは、次のカクテルと取り替えられる。
「これは、モーツァルト・ミルク。さっきのと同じくチョコレート系だよ」
「これも美味しい!」
「でしょう? 女の子に人気。ところでハナちゃん。ハナちゃんは、どんな男性が好みなの?」
唐突なマスターの質問に首を捻る。
「好み……は、べつにないけど……」