溺愛音感
元婚約者は、そこそこのイケメンだったが、横にいるイケメン社長(毒舌)とは比べものにもならない。
外国語も堪能、仕事もできるし収入も高かったのだろうが、それでも大企業の社長には遠く及ばないだろう。
いつでも優しい言葉、甘い言葉を囁き、決してわたしを貶したりしなかった。
心の底から大事にされているのだと勘違いしてしまうほど、愛情たっぷりの恋人役――婚約者のフリは上手だったけれど。
いまなら、わかる。
ただ「ビジネス」のために、「商品」を丁重に扱っていただけのことだと。
頻繁に会っていたのは仕事のためだし、彼の両親や友人に紹介されたこともなかった。
すてきなレストランやホテルでデートし、肉体関係を結ぶのは「恋人」や「婚約者」じゃなくてもできる。
本気で結婚を考えていた痕跡はどこにも見当たらない。
彼に出会うまで、恋をしたことも、男性と付き合ったこともなかったから、何もかもが初めてだった。
プライベートと仕事の線引きもできなかった。
いまとなっては、彼のどこがよくて「恋愛感情」を抱き、「婚約」までしたのか、自分でもわからない。
「年齢は? けっこう年上でも大丈夫なのかな?」
「……オジサンは……無理かも」
ファザコンであることは自覚している。
それゆえ、あまり年上の男性だとドキドキするより安心が先に立つと思われた。
「オジサン……ちなみに、ハナちゃんの言うオジサンの基準って、何歳から?」
つい最近知り合った、横にいるお見合い相手の年齢が頭に浮かんだ。
「三十五歳?」
「ごほっ」
「ぶふっ」
イケメン社長とマスターがほぼ同時に咳き込み、噴き出す。