溺愛音感
「出たよ、俺様発言……。あとで柾名言集に加えとかないと。あ、ハナちゃん。誤解しないでね? 世の男がみーんな柾くんのような俺様じゃあないからね?」
マスターの言葉で、ずっと謎だった「俺様」の意味を知り、思わず社長(毒舌)をじっと見つめてしまった。
「これが……」
(「俺様」って、こういう人のことを言うんだ。でも、「俺様」と「王子様」が両方の場合は何て言うの? 俺様王子様?)
「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
オレサマなオウジサマは、険しい表情をしているが、ちっとも怖くない。
どうしてだろうと首を傾げ、眼鏡がないのだと気づく。
シルバーフレームの眼鏡をしていないと、かなり若く、優しそうに見える。
しかも、左目尻のビューティーマーク――ホクロで色気は二倍だ。
(うーん……愛想がよければ本物の「王子様」なのに。中身が「俺様」だなんて、残念すぎる……)
「ウザイ俺様は無視していいからね? ハナちゃん。これはアレキサンダー」
カクテルを口にして、思わず頬が緩んだ。
(カクテルってビールより美味しい……。高いから? きれいだから? それともお店の雰囲気がいいから?)
俺様王子様は、そんな「大人のバー」の雰囲気を台無しにする。
「マスターっ! 俺はウザくない!」
「残念ながら同意できないね。いまどき小学生でも、もうちょっと上手に好意を示す。年上だからって余裕かましてると逃げられちゃうよ? 柾くん。かなり手強い相手だと思うけど?」
「…………」
マスターの言葉は意味不明だが、酔いが回ったのか、なんだか楽しい気分になってきた。
足置きバーに届かない足をブラブラさせ、今夜聴いたすばらしい演奏を鼻歌に乗せて思い返していると、俺様王子様が唐突に訊ねる。
「おい、ハナ。さっきの一万円だが、まだ高すぎると思っているのか?」
コクリと頷く。
千円なら、嬉しい。
でも、一万円となると……いまのわたしの演奏レベルで一万円をもらうのは、おこがましいと思ってしまう。
現在、件の一万円はカウンターの上、わたしと俺様王子様のちょうど中間地点に鎮座している。
「一曲いくらが妥当だと思うんだ?」
「曲にもよるけど……」
思い浮かんだのは、普段から愛用している百円均一のお店。
なんでも百円で買えるすばらしい場所だ。
百円には、かなりの価値がある。
現在の住まいにあるものは、大きな家具を除けば、ほぼ百円均一の商品。
それに、今夜ヴァイオリンケースに放り込まれた硬貨は、最後の五百円と一万円を除けば百円ばかりだった。
「ひゃくえん、かな?」
「ハナちゃん、それはちょっと安すぎ。生演奏なんだし、せめて五百円、いや千円くらいはもらっても……」
マスターは、良心的な価格設定を提案してくれたが、イケメン社長(毒舌)で俺様王子様の『柾くん』がそんなことをするはずもない。
「一曲百円なら、あと九十九曲、俺のリクエストに応えるってことだな?」
「は? え?」
(いやいや、そうじゃなく。九千九百円をお返しすればいいだけでは?)
言い返そうとしたが、人の話を聞かない俺様王子様は勝手に話を進める。
「もちろん、満足のいく演奏でなければ、一曲百円分としてカウントはしない。酷い演奏だった場合は、貴重な時間を無駄にさせた慰謝料として倍の二百円分弾くことを要求する。これでいいだろう?」
「はぁっ!?」