溺愛音感
裸を披露するだけでも恥ずかしいのに、髪も身体も洗われて、広々とした浴槽で後ろから抱きしめられるという拷問を受けた。
(どうして洗うの……浴槽広いのに、なんでくっついて入るの……なんで破談に持ち込む予定の見合い相手とこんなことになってるの……)
様々な疑問が頭の中を駆け巡っているが、背中にあたる固くて広い胸の感触やうなじに肩にと落とされるキスに反応しないよう、バスルームの観察に意識を集中させる。
(家にジャグジーある人、初めて見た。テレビもある。大理石風じゃなくて、本物の大理石? あ! 天窓。いま気づいたけど、ドア透明なんだけど。丸見えじゃないの? セレブはそういうの、気にしないものなの? ホテルでも、こんなに豪華なバスルームはそうそうないのでは……)
『長湯する習慣はなさそうだが、気に入ったか?』
『うん』
二十五年間、ほぼシャワーだけで済ませる生活を送って来たけれど、こんなバスルームなら長居したくもなる。
「ところで、ハナは日本語よりもフランス語の方が、話しやすいのか? それとも、英語か? ドイツ語、もしくはイタリア語か? ハナが一番話しやすい言語に合わせるぞ」
「え?」
なぜそんなことを訊くのだろう。
訝しく思って振り返れば、黒い笑み。
「酔っ払っている時は、イタリア語。ベッドの上では、フランス語。今朝、動揺している時は英語だった」
(な、何を言ったんだろう? わたし……)
記憶がないまま男性とセックスするなんて、大変イタダケナイ。
ふしだらだとか、そういうことだけじゃなくて、もっと現実的な懸念がある。
御曹司なら迂闊に隠し子を作るようなことはしないと思うけれど……。
「に、日本だから……日本語でいい。けど……あの、その……ゆ、昨夜は……」
人の話を聞かないくせに、俺様王子様は勘がいい生き物のようだ。
みなまで言わずとも、知りたい答えが返って来た。
「心配無用だ。これまで避妊に失敗したことはないし、不特定多数と性交渉する趣味もない」