溺愛音感
「なんだと?」
鏡越しに睨まれて、むすっとしたまま訂正する。
「なんでもありません。社長(毒舌)」
「昨夜一晩じゃ、しつけが十分ではなかったようだな?」
低く、物騒な声と共に軽々と椅子から持ち上げられ、洗面台の縁に座らされる。
至近距離から見るイケメンの威力は、凄まじい。
とても目を合わせていられず視線をさまよわせていると、顎を掴まれ、無理やり正面を向かされた。
「その小さい頭の中で、俺のことを何て呼んでるんだ? ハナ。怒らないから、言ってみろ」
(怒らないと言っておきながら、怒るくせにっ!)
さんざんその毒舌と暴言を耳にしているのだ。
甘い笑みと猫なで声には騙されない。
心の中で「俺様王子様」を連発しながら、無難な呼び方を口にした。
「マーくん」
「は?」
「まさきだから、マーくん」
甘い笑みが渋面に変わる。
「マーくんは、やめろ」
「じゃあ、マサさん」
「年寄りくさい」
「マッキー」
「もっと悪いっ!」
「何て呼べばいいのよぅ?」
「柾だ」
「マサーキぃー?」
わざと怪しい外国人風に発音してみたら、睨まれた。
「ハナ?」
たったひと言呼ばれただけだが、ただならぬ圧に本能が「これ以上はマズイ」と警鐘を鳴らす。