溺愛音感


(名前を呼ぶだけなのに、なんだか……)


頬が熱くなってくるのを感じつつ、正しくその名を呼んでみた。


「ま……柾」

「もう一度」

「柾」

「……しっくりこないな」

「はぁっ!? 自分がそう呼べって言ったんでしょぉっ!?」

「呼ばれ慣れていて、新鮮味や特別感に欠けるのか。そうだな……試しに、ハナと同じように呼んでみろ」

「同じ……?」


わたしの名前は、正しくは「ハンナ」だが、母も「ハナ」と呼ぶし、訂正するのが面倒なので自己紹介するときも日本人に馴染みのある「ハナ」でいいと言うことにしている。

言われたとおり、「まさき」の「ま」と「き」を取って呼んでみた。


「マキ?」

「語尾を上げるな」

「じゃあ、マキくん」

「くん付けは気に入らないが……まあ、許容範囲だろう。今後、呼びまちがえたらお仕置きするからな? ハナ」

(めんどくさいなぁ……どうだっていいじゃないのよぅ)

「……ふぁい」

「なんだ、そのやる気のない返事は?」

「わかりましたっ! マキくん!」


ヤケになって叫ぶ。
なぜか『マキくん』は、ほんのり頬を赤くして俯いた。


「……わかればいい」

「う、うん……?」


いきなりモジモジされると、こっちまで恥ずかしくなってくる。


(なんでテレるのぉ……ピュアすぎるティーンの恋愛ごっこみたいじゃないのよぉ。もしかして、俺様じゃなくて、アレ……たしか、ツンなんとか。そうだ、「ツンデレ」っ!?)


しかし、俺様王子様がそんなピュアな姿を見せたのは、一瞬のことだった。


『Ma cocotte』


何かが唇に触れ、チュッと音がする。

目を瞬くわたしを見下ろし、嬉しそうな笑みを浮かべるその顔をまともに見てしまい、心拍数が跳ね上がった。


(ぼ、僕のおチビちゃん……? こんなことが続いたら……いつか心臓発作を起こすかも……)


< 50 / 364 >

この作品をシェア

pagetop