溺愛音感


「まずは、朝食だ。それから、ヘアサロン、エステ。ハナがグルーミングされている間に、あいつのところへ寄ってチワワの様子を確かめる。楽器屋にも行こう。取り寄せずとも手に入る楽譜なら、さっさと用意した方が効率がいいからな。夕食は……ハンバーグだな」


俺様王子様は、うろたえるわたしにかまうことなく、本日の予定を組み立てる。

このままでは、逆らえずに流されまくってしまう気がした。
あと九十九曲リクエストを弾く約束は有効だとしても、四六時中一緒にいる必要はないはずだ。


「あの、でも、わたし、自分の家に帰る……」


自宅に帰るという当たり前の要求を口にしたが、一蹴される。


「何を言ってる? ここに住むに決まってるだろう! リクエストする度に、いちいち呼ぶのは面倒だ。ちなみに、同じフロアの別室をリフォームして、防音室にしている。録音用マイクも完備しているから、好きなだけ使っていいぞ?」


(防音室……好きなだけ……)


魅力的な言葉に、ゴクリと唾を飲み込む。


(魅力的だけど、でも、ここで道を踏み外したら、二度と元の世界には戻って来られないような……)


「や、一応、わたしにも仕事があるし。見ず知らずの人の家にいきなり住むのはオカシイし」


しかし、人の話を聞かない俺様王子様は、そんなわたしの考えを否定する。


「見ず知らずではない。見合いもしているし、一夜も共にした。むしろ、すでに深い仲だと言える」

「え、や、でも、お見合いは破談にし……」

「いつ、誰が破談にすると言った? ハナも結婚を前提に付き合うことに同意しただろう?」

「や、あれは、勝手に話を進めたんじゃないっ! 第一、わたし最初に断ったよねっ!?」

「心と裏腹なことを言ってしまうのは、よくあることだ。ハナは、俺にキスされても嫌がらない。つまり、俺のことが好きなんだ」

「…………」

(ど、どうやったらその結論に至るのよぉっ!? 飛躍しすぎでしょっ!)

「キスくらい、誰とでもできるっ!」

「誰とでも? どこの誰とする気だ?」


それまでの上機嫌が一変。
むっとした表情で問い詰められる。


「え、いや、実際するわけじゃなく、それは物のたとえというもので……赤ちゃんとか、ペットとかにもキスするでしょ?」

「確かに、キスにはいろんな種類がある。が、重要なのは、誰とどんなキスをするかだ」

「だから、それはっ、んっ! んむぅーっ」

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