溺愛音感
ハナ、俺様と演奏する
******
ヘアサロンとエステをはしごしてのグルーミング。
高級ブランド店でのファッションショー。
アジアンなレストランでの遅めのランチ。
楽器店での楽譜漁り。
高級食材の揃うセレブ御用達のスーパーで買い物。
長い道のりを経て辿り着いた夕食は、晩ごはんじゃなく「ディナー」と呼ぶべきハイクオリティ。
ブロッコリー、ニンジン、マッシュポテト、デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグ。
そして、皮がぱりぱりのバゲット。
見るからに、美味しそうだ。
「餌だぞ、ハナ!」
犬扱いも気にならない。
見合いを破談にするのは、一旦棚上げにすることにした。
高級おせんべいに釣られたわけではない。
九十九曲を弾き終えるまではどうせ離れられないからだ。
それに、何だかんだ言って、最終的には破談になる確率は高いと思う。
(あまりにも格差がありすぎて、本気でわたしと結婚するつもりがあるなんて信じられないし。いまはその気があったとしても、そのうち気が変わるだろうし……)
一緒に暮らすことについては、わざわざ報告しないかぎり母にはバレない……はずだ。
マキくんも、松太郎さんに口出しされたくないようで、黙っておくことに同意した。
順調にデート(散歩)を重ねていると報告しておけば、二人とも何も言わないだろう……たぶん。
(とにかく……神様、マキくんにわたしを拾わせてくれて、ありがとうございますっ!)
これまで信じたことのなかった神様に心の底から感謝して、ハンバーグをひと口食べた瞬間、あまりの美味しさに悶絶した。
「んーっ!」
「どうした? ハナ」
優雅に赤ワインを飲むマキくんが、怪訝な顔をする。
「すっっごく美味しい! 肉汁がじゅわーっと染み出て、デミグラスソースも絶品。添えられている野菜もカラフルで、ニンジンが星とかお花とかの形してるし……とにかく全部が美味しすぎるっ!」
「そうか。気に入ったなら、よかった。パンを焼く時間がなかったのは、残念だが」
「え? マキくん……パンも作れるの?」
「ああ。買いに行くのが面倒な時は、自分で焼く」
「自分で作る方が面倒じゃあ……?」
「接待やパーティーが続いた時は、他人と会うのが億劫になる」
相手の様子を窺いながらの会話はとても疲れる。
社長は、いわば会社の顔。
不用意な発言や行動が原因で株価や業績が悪化したら、従業員を路頭に迷わせてしまうかもしれない。お酒の席でも気は抜けないのだろう。
「今日は……大丈夫だったの? 家に居たかったんじゃないの?」
プランを立てたのはわたしではないけれど、丸一日出かけていた。
(わたしがグルーミングされている間、所用を済ませてくると言ってどこかへ行っていたけれど、本当は家でゆっくりまったりしたかったのでは……?)
しかし、真顔で放たれたひと言で、そんな心配は無用と悟る。
「散歩は飼い主の義務だ」
「…………」