溺愛音感
一日一曲演奏するとして、三か月とちょっとの間で九十九曲を弾きこなすなんて、無茶苦茶すぎる。
ただ音を出せばいいというわけではない。
人に聴かせられる演奏をするとなると――しかも弾いたことのない曲となると……簡単なことではない。
横暴だと言いかけて、色気たっぷりの笑みを向けられドキッとする。
「ハナ。まさか、餌だけ貰って食い逃げする気か?」
「うっ……」
目先の餌に釣られた自分が恨めしい。
それでも、簡単に屈するのが悔しくて、ずらりと並んだ曲名のいくつかを指さした。
「これとか、これとか……ピアノとのデュオも含まれてるけど、誰が弾くの?」
「俺が弾く」
「弾けるの?」
「もちろんだ。弾ける曲しかピックアップしていない」
(ずるい。けど……いったい、どういうつもりなんだろう?)
御曹司で、社長で、俺様な王子様が何を考えているのか、まったくわからない。
見合いという形を取っていても、その実態はうさんくさい野良犬を拾って世話を焼いているだけだ。
ただの酔狂、ひまつぶしなのか。
それとも、何か特別な理由があるのか。
わからないのは、相手のことだけではない。
つい先日知り合ったばかりの相手に、警戒心や恐怖心、不信感を覚えない自分が一番わからない。
破談にする予定のお見合い相手と同居するなんてどうかしてる。