溺愛音感
(でも……マキくんの手料理を食べて、その魅力に抗えるひとは滅多にいないんじゃないかと思う。胃袋を掴まれたら離れられなくなるって、本当……)
食べ終えたばかりだけれど、すでに明日のメニューが気になって仕方ない。
「どれにするか、決まったか?」
「エルガー……Chanson de Nuit……夜の歌にする」
俺様王子様は、微かに眉を引き上げただけで、異議は唱えなかった。
さっさとピアノの前に座り、鍵盤蓋を開ける。
楽譜は必要ないらしい。
わたしと目が合うと、「始めろ」と目配せする。
緊張から、弓を持つ手が少し震えた。
きゅっと唇を噛みしめる。
不安、恐怖、期待……入り乱れる感情を宥めるように深呼吸。
視線を上向ければ、優しいまなざしに出会う。
覚悟を決めて弾き始めた途端――ピアノの音が聞こえた瞬間、頭の中を占めていた雑音が消えた。
(うわ……なんて……)
優しく包み込むような音は、息の長いフレーズへぴたりと寄り添う。
時にはリードし、時には譲り。
お互いの呼吸を感じ、別々のものがひとつになるように音を紡ぐ。
心地よくて、
いつまでもこのままでいたくて、
でも、このままでは満足できなくて、
直接は触れ合えないのが物足りなくて……。
知りたい、近づきたい、と思った。
目の前にいる人に――。