溺愛音感
「え……?」
(い、いま、空耳が聞こえたような……?)
思わず顔を上げ、ぽかんとしてしまった。
(わっ!)
悠々とネイビーのトレンチコートを羽織る人は、これまで出会った男性の中でも、最高級の部類に入る「イケメン」だった。
日本人以外の血が混じっているのか、それとも色素が薄いだけなのか。
髪の色はかなり明るい茶色で、瞳の色はアンバーだ。
垂れ気味の目や口角の上がった口元が柔らかい印象を醸し出しているけれど、甘過ぎはしない。
前髪を立ち上げたクルーカットとスクエア型をしたメタルフレームの眼鏡が、ちょうどいい具合に凛々しさをプラスしている。
百八十センチ以上はある長身。
スーツは、ナチュラルな光沢の生地がおしゃれで、身体にぴったり合っているのはオーダーメイドだからだろう。
(目の保養って、こういう人のことを言うんだ……もしかして、俳優かモデル?)
わたしが知らないだけで、実は有名人なのかもしれないと思った。
家にテレビがなく、ネットサーフィンもあまりしないため、いまどきの流行や話題に疎いのだ。
目の前に、人気アイドルが現れても気づかない自信がある。
(左の目尻にビューティーマーク……ホクロがある。眼鏡がなかったら、きっと色っぽいんだろうなぁ……)
なんてことを頭の中で考えていたら、バチッと目が合った。
(マズイ、ガン見しちゃってた)
慌てて仕事用スマイルを取り繕おうとしたら、「イケメン」は眉間にしわを寄せ、とんでもない暴言を吐いた。
「おい、おまえ……ちゃんと鏡を見ているのか?」
「は?」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
「その髪型、化粧、そして制服の着こなし。すべてが、まったく似合っていない!」
「…………」
「もっと自分に合うものを選べ」
「……っ!」
見ず知らずの人間の放ったひと言で、忘れたくても忘れられない言葉と光景がフラッシュバックした。