溺愛音感


残響が消え、我に返って驚く。


(い、いま、わたし何を考えて……?)


「ハナ」


茫然としていたわたしの手からヴァイオリンと弓を取り上げたマキくんは、手慣れた様子でそれらをケースへしまう。

それから、わたしを広い肩へ担ぎ上げた。


「ひゃあっ」

「シャンプーの時間だ」

「は?」

「今日は一日中外にいたからな。きちんと汚れを落とさないとベッドには入れてやらない」

「え、あの……」


抵抗も抗議も無駄だった。

今朝と同じように洗われ、浴槽に入れられ、髪を乾かされ……フリルとレースが満載のガーリーなネグリジェ(?)を着せられて、キングサイズのベッドへ運ばれる。

当然のごとく一緒のベッドに横たわり、抱きすくめられると心臓が破裂しそうに鼓動を速めた。

大人の男女がひとつベッドで眠って、何もないわけがない。
家族でも兄妹でも、友人でもない相手とすることは、一つしかない。


「シャンプーもボディソープも同じものを使っているのに、どうしてハナの匂いになるのか不思議だ」


首筋に顔を埋められ、熱い唇を押し当てられる。
太ももを這い上がる手がネグリジェの裾を徐々に押し上げ、わき腹を伝い、胸を覆う。

耳朶を食まれ、恥ずかしい声が出そうになって噛みしめた唇に指が触れ、そっと押し開けられた。

好意すらまだ抱いていないのに身体を重ねるなんて、ヨロシクない。
けれど……イヤじゃない。

心は完全に混乱の極みにあるけれど、肉体は悦んでいるとわかる反応を返してしまう。

掠めるだけのキスに焦れ、思わず睨んだら、苦笑された。


「そんな顔をしても、ダメだ。いまハナを抱けば……潰すだろうから」

(つ、潰すっ!?)

「だから、食べ頃まで待つ」

「食べ頃……?」

「ハナが、あと三キロ太ってから、存分に味わう」

「三キロ……」


最後のキスは、唇ではなく額に降って来た。


『Bon nuit, mon bébé』


(おやすみ? え? まさか……)


それきり、マキくんはわたしを抱いたまま、何もしない。

一瞬、焦らしているのかと疑ったが、ほどなくして頭上から安らかな寝息が聞こえて来た。


(どういうことっ!? べつに、期待していたわけじゃないけど、だけど、でもっ……)


なんとなくモヤモヤし、そんな自分にもモヤモヤする。

すぐには寝付けずにもぞもぞしていたら、半分寝ぼけているマキくんに頭を撫でられ、鼻の頭にキスされた。


『Fais dodo……』


(お、おねんねしなさいって……わた、わたしは赤ちゃんじゃなーいっ!)


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