溺愛音感
スタッフ用の出入口から少し離れた場所に佇む人影。
ジーンズとシャツにスプリングコートを羽織っただけのラフな格好が、モデルかと思うほどカッコイイ人物は……。
「マキくん? どうしたの?」
「迎えに来た」
「暇だったの?」
わたしがバイトに出かける時、絶賛仕事中だったはず。
わたしがバイトへ行くと言うと、なんやかんやと理由をつけて妨害、または付いて来ようとするので、電話で小難しい日本語をしゃべっている隙に脱出してきたのだ。
「暇だからじゃないっ!」
「じゃ、どうして?」
「どうして、だと……?」
よくわからないが、何か俺様の気に入らないところに触れてしまったらしい。
唖然としていた表情が、怒りの表情へ変わる。
マズイ、と思ったところで美湖ちゃんが震えながらマキくんを指さした。
「は、ハナさん、こ、この人、社長ですよねっ!? どういう関係なんですかっ!?」
(関係……飼い主と犬……と言ったら、誤解を招くよね……)
「ええと……何と説明すればいいのか……」
たとえ性格に難ありの俺様でも、大会社の社長だ。
わたしのようなフリーターを飼っているなんて、あまり大っぴらにしないほうがいいだろう。
スキャンダルなんかになって、株価が暴落したりしたら、責任取れない。
それに、母や松太郎さんの耳に入らないとも限らない。
あの二人が結託すれば、当人たちの知らないところで婚姻届を提出し、挙式に披露宴、新婚旅行まで手配してしまいそうだ。
(適当にごまかすのが最善だよね)
しかし、マキくんは何を思ったのか、あっさり公表してしまった。
「一緒に住んでいる」
「一緒に……住んで……同棲っ!?」
目を丸くする美湖ちゃんに、マキくんはよそ行き顔で申し出る。
「車で来ているから、ついでに君も送って行こう」
「えっ! あ、あの、でもわたし、これから飲み会なんで……」
「だったら店まで送る」
「そんなの申し訳な……」
「つべこべ言わずに、ハナと一緒に乗れっ!」
王子様モードから俺様モードへと豹変したマキくんは、驚いて後退りする美湖ちゃんを睨みつけ、くいっと顎で背後を示した。
路肩に、ハザードランプを点灯させるグレーの高級国産車が停まっている。
「そ、そ、それではお言葉に甘えさせていただきますぅ……」
美湖ちゃんは、いつもの元気の良さはどこへやら。借りて来た猫状態で車の後部座席に収まった。